鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

欲にかられると判断を誤る

[要旨]

タビオ創業者の越智直正さんが、SCMを構築したとき、協力工場に対し、自社の売上を伸ばすことを優先し、自社製品をつくりすぎて、デッドストックを発生させるようなことはしないよう働きかけてきました。すなわち、自社の利益ではなく、SCM全体の利益を優先し、SCM全体の在庫量を最小限にすることが大切ということを力説してきた結果、SCMが機能するようになったそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、越智直正さんのご著書、「靴下バカ一代-奇天烈経営者の人生訓」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、越智さんが、SCMを構築したとき、協力工場の利益を優先し、仕入れを値切ることはしませんでしたが、そのことによって、高い技術力を持った会社がSCMに参加するようになり、品質の高い製品を提供することができるようになったことから、SCMの競争力が高まり、同社の業績も向上していったということを説明しました。

これに続いて、越智さんは、SCMに参加していた協力工場の経営者に対して、SCMの成果を高めるために、全体最適の重要性を説いていたということを述べておられます。「1980年代末以降、私が最も力を入れて説いていたのが、『欲に目がくらんでは、正しい判断はできなくなる』ということです。我が社は、この頃から、店頭の半場情報を協力工場のメンバーに流し、工場は売れた分だけを生産するという、現在の生産・販売管理システムの構築に取り組み始めていました。

我が社は、工場には生産を発注しない。工場が店頭の情報を見て、自社が担当する商品で売れ行きのいい商品があれば、早めに増産に着手し、鈍化すれば減産なり生産を中止する。すべて工場が自らの判断で早めに取り組むことで、川上から川下の在庫を圧縮するというのが狙いです。ところが、工場はどこも、売れている商品の生産が間に合わず、機会ロスだけは避けたいと考えるので、売れ始めた商品が出てくると、すぐに増産に走る。しかし、期待したほど売れ行きが伸びないと、結局はすべて死に在庫となる。

つまり、自社の売上を伸ばしたいという期待、いわば、私利私欲が極端な無駄を生むことになるのです。私どもが、抱える在庫を業界平均の10分の1という低さに抑えることができるようになったのは、何度も在庫の山を築き、痛い目に遭いながら、欲に目がくらんだりする限りは、『最高の靴下を最適な価格でお届けする』という理想は達成できないと、私が繰り返し説いてきた結果です。いくら、コンピューターシステムが立派でも、道具に過ぎません。システムを使う人が、その目的をしっかりと理解して取り組まない限り、決して機能しないのです」(178ページ)

SCMは複数の会社が参加している訳ですが、個々の会社が得る利益を最大化するには、SCM全体の利益を最大化しなければならないという、越智さんのご指摘は、ほとんどの方がご理解されると思います。越智さんがつくったSCMでは、在庫を最小限にし、デッドストックを減らすことが、SCMとしての成果を最大化します。ところが、協力工場のひとつが、SCM全体の成果よりも、自社だけの売上を増やすことを優先し、製品を増やそうとしてしまうと、SCMとして活動する意味がなくなってしまいます。この、部分最適ではなく全体最適を目指すことが大切ということは、多くの方が理解できると思うのですが、組織的活動では、残念ながら、ときどき、これが守られないことが起きます。

そこで、越智さんは、「欲に目がくらんでは、正しい判断はできなくなる」ことを、協力工場に力説してきたということなのでしょう。そして、そのことが、SCMを機能させた重要な要因だと、越智さんはご説明しておられます。したがって、繰り返しになりますが、SCMを成功させるためには、単に、システムを導入すればよいということではなく、「システムを使う人が、その目的をしっかりと理解して取り組むこと」、すなわち、「部分最適ではなく、全体最適を最優先させること」を、参加している会社にしっかりと守ってもらえるようにすることだと言えます。

2023/11/7 No.2519