[要旨]
長い間、終身雇用、年功序列などが続いてきた日本の会社では、自分では何もしないが、他者の企画を批判・批評しているだけの人、自分が決定しなければならない問題を部下に押しつけている上司など、周りの人の努力にフリーライドする人が増え、「弛んだ共同体」の状態になっています。これを打開するためにも、経営者の方は、組織マネジメントを学び、組織の活性化により注力していく必要があります。
[本文]
今回も、遠藤功さんのご著書、「『カルチャー』を経営のど真ん中に据える-『現場からの風土改革』で組織を再生させる処方箋 」を読んで、私が気づいたことについて説明します。前回は、かつての日本の会社では、同質的共同体組織が前提とされ、「社員たちは同じ目的に向かい、一丸となり、協力し合い、一所懸命働く」ことが暗黙の了解と考えられていたため、経営者の方たちは、組織マネジメントに注力する必要があまりありませんでしたが、現在のようなマーケットインの時代には、経営者は組織運営に注力し、外部環境に対応できる組織づくりをしなければならないものの、そのスキルを持つ経営者は少ないということを説明しました。
これに続いて、遠藤さんは、日本の会社の組織の劣化について述べておられます。「日本企業の組織の劣化は、かねてから指摘されていた。例えば、2007年に出版された、『組織の<重さ>』(日本経済新聞出版社)では、次のような指摘がされている。『自分では何もしないが、他者の企画を批判・批評しているだけの人、自分が決定しなければならない問題を部下に押しつけている上司など、日本企業には、周りの人の努力にフリーライドしている人が、多数、出現していた。
このフリーライダーたちの内向きの合意を形成しない限り、市場での競争に、皆の努力を動員できないような、過度に“民主的”な組織が見られるようになっていた。かつて、その共同体的な性質がゆえに、優れた調整機能を発揮したと思われた日本の組織は、同時に、一歩バランスを崩せば、内部の対立を避けて調和を過度に強調し、問題のある人にも過剰に配慮するという傾向が発達し過ぎた組織、換言すれば、“弛んだ共同体”に堕する可能性が十分に存在するのである』残念ながら、この指摘は現実のものとなってしまった。
多くの企業で相次いで露呈した不正や不祥事は、組織の『重さ』に耐えかねて、組織事態が瓦解した結果である。そして、それはどの日本企業でも起こり得ることなのだ。組織の『重さ』の問題が厄介なのは、上の人間たちには、その『重さ』がよくわからないことにある。『重さ』は下の人間ほど感じる。下に行けば行くほど、『重さ』に押し潰され、身動きがとれなくなる。耐えしのげる範囲であれば、なんとか我慢するが、耐えられなくなれば、不正に手を染めるようになってしまう。こうなると、組織の劣化は止めようがなくなる」(59ページ)
前回と内容が重なりますが、日本的経営の三種の神器のうち、終身雇用、年功序列が、最近は、「フリーライド」する従業員を増やし、事業活動の効率性を下げるだけでなく、不正や不祥事を起こす要因になっているようです。そこで、最近は、歴史の長い会社よりも、歴史の浅い会社の方が、外部経営環境に即した組織運営を行い、業績を高めているように感じます。
とはいえ、私は、「組織の<重さ>」で指摘されているような、組織が劣化した会社は、それを避けることが可能だったのかという問題に関しては、それに成功した会社もありますが、組織を劣化させないことはかなり難しいとも感じています。21世紀になってから、日本の多くの大企業は、フリーライドする人を減らすことにつながる、大量解雇を行いましたが、それはそれで、批判を受けています。もちろん、大量解雇をせずに、組織の劣化もさせないということも不可能ではないと思いますが、それは極めて困難であり、非現実的でしょう。
したがって、私は、日本の会社の組織の劣化を防ぐことは、かなり難しく、軽々に、「組織の劣化を防ぐことができなかったことは経営者に問題がある」とは言えないと思っています。だからといって、日本の会社は「弛んだ」ままでいいのかというと、そうではありません。僅かですが、大企業でも組織の劣化を防いでいる会社もあります。そこで、私は、組織の劣化を防ぐことに懸命に取り組んできた日本の会社の経営者の方には、の経験を、組織マネジメントを学び、経営者としてのスキルをより高めるためのきっかけにしていただきたいと考えています。
2023/9/20 No.2471