鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

銀閣寺の事業サイクルは100年以上

[要旨]

財務会計に基づく財務諸表は、利害関係者に定期的に自社の業績を把握してもらう目的で、1年ごとに作成されている一方、事業サイクルは1年以上のことも珍しくありません。したがって、事業の成果を正確に把握するために、プロジェクトごとの業績を把握する体制を整えることは、とても重要です。


[本文]

今回も、前回に引き続き、経営共創基盤CEOの冨山和彦さんのご著書、「IGPI流経営分析のリアル・ノウハウ」を読んで、私が気づいたことについてご紹介したいと思います。冨山さんは、経営分析において、財務諸表のサイクルと事業のサイクルは異なることについて、注意が必要ということを述べておられます。「財務諸表、企業会計のルールに基づき、1年間というサイクルで作成されるが、事業のサイクルは、必ずしも、1年間ではない。

むしろ、1年間が事業のサイクルという事業の方が希である。例えば、生命保険会社では、ビジネスの基本単位が、(契約者が)30歳前後に契約して、死亡時の保険料の支払いのタイミングは70歳前後というサイクルとなっている。(中略)もっと長い例では、聞くところによると、京都の寺院は、保守メンテナンス、大規模改装、手元資金運用を、100年以上の時間軸で考えているそうである。(したがって)事業の本来のサイクルで数値分析を行い、経営判断を下していかないと、間違った判断を下すことになる」(197ページ)

会社計算規則第59条第2項では、会社の事業年度は1年以内と定められていることから、日本の会社の会計期間は、実質的に1年となっています。(最初の事業年度や、会計期間の末日を変更する時などは、例外的に1年未満になったり、1年以上となることがあります)ところが、冨山さんがご指摘しておられるように、事業のサイクルと、会計期間が一致していない場合は、会社の財務諸表では、正しい財務分析ができません。例えば、菓子製造業が、事業を拡大し、新たな工場を建設して新製品を製造することにした場合、計画を策定してから1年後にようやく工場が竣工し、工場の稼働率が100%近くになるまで2か年かかるということがあります。

また、工場の建設費を利益などで回収するまでは、10年以上かかります。このような、新工場による新製品の製造・販売が成功したかどうかは、1年ごとに作成される、会社の財務諸表だけで判断することはできません。また、これは、私が事業改善のお手伝いの経験によるものなのですが、新たな工場を建設した場合、新しい工場の売上や仕入などは把握できるようにはなっているのですが、その工場が、どれだけ利益をもたらしているのかを把握している会社は、ほとんどありませんでした。

というのは、財務会計の記録によって、製造原価などは計算できるのですが、新工場の起ち上げに関わった本社部門の従業員の労務費や、、新製品の広告宣伝費などの間接費などは、どのように賦課するかを決めていなかったり、また、そのことによって計算していなかったりするために、結局、その工場が生み出したキャッシュフローを把握することができなくなってしまうからです。

一見すると、新工場のような部門ごとの採算管理は面倒な作業のように感じられるかもしらませんが、これは、冨山さんも何度も述べておられるように、業績の測定ができなければ、新工場立ち上げに努力した人たちの貢献度合いを評価することができませんし、もし、新工場で生産した製品の売れ行きが計画通りでなかったときに、どう改善すればよいかを把握することもできません。したがって、財務会計には限界があるということを理解した上で、さらに、経営判断のための会計情報の把握の仕組みも整えることは、とても重要です。

2022/9/28 No.2114