鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

靴下業界は知識集約型産業

[要旨]

タビオの創業者の越智直正さんは、かつて、自社が属するファッション産業は、労働集約型産業と考えていたところ、知識集約型産業ということを本を読んで学びました。そこで、その後、POSレジを導入し、そのデータを工場に直ちに伝え、顧客が欲しいものを直ちに提供する仕組みを構築することで、知識集約型産業として顧客体験価値を提供するように同社を変えて行きました。


[本文]

靴下専業メーカーのタビオの創業者で、昨年亡くなった、同社元会長の越智直正さんのご著書、「靴下バカ一代-奇天烈経営者の人生訓」を拝読しました。同書で、越智さんは、自社が製造業であるにもかかわらず、知識集約型産業としてとらえ、サプライチェーンマネジメント(SCM)システムを導入した経緯について述べておられます。「売れる分だけ、作る、そんな仕組みが作れないものか、こう考えて生産管理の勉強会に出かけ、本を読み、実行に移そうとしました。

そして、25歳のときに読んだある本に、労働集約型産業、資本集約型産業、知識集約型産業などと、産業分類を解説した一節がありました。靴下は、当然、労働集約型産業だろうと思っていましたが、航空産業、コンピューター産業と並んで、知識集約型産業の三大産業の一つに挙げられていたのが、ファッション産業でした。しかし、それは、ハードウェア(商品)とソフトウェア(販売)の両輪が一体でなければ、意味をなさない産業だと書いてあったのです。考えてみれば、いかに高度な航空機を造ったところで、パイロットが操縦できないのでは意味がありません。

コンピューターも同じであることは理解できましたが、では、ファッション産業の一端を担いながら、産業分類の原理原則さえ実行できていない靴下業界は、一体、どうすればよいのか、このときからずっとこの課題を抱えていました。35歳くらいのとき、今のNTTが主催した、ニューメディア説明会に参加して、知識集約型産業の原理原則を実現できるかもしれないと、大きく夢が広がりました。POSレジを導入して、上がってきた全品番のデータをカラー別に集約し直し、それを担当向上に直結することで、販売と生産を同時進行させれば、ハードとソフトが一体になると思ったのです。

要は、店舗で集めた情報を活用して、お客さんが欲しいものを即座に作ってお届けすること、それを徹底すれば、お客さんも売り手も作り手も喜ぶということです。ハードウェアとソフトウェアが一体になって動けないようなやり方では、商売が立ち行きません。昨日、何色の靴下が何枚売れたという情報が工場にスパッと流れていき、工場は、その状況によって生産方針を自由自在に変えていく、これが知識集約型産業のやり方です」(164ページ)

この越智さんの「靴下業界は知識集約型産業」という考え方は、クイックレスポンス(QR)を基本とする考え方であり、現在のような情報技術が発展している時代においては、広くあらゆる業界で取り入れられています。そして、この越智さんの言う、「お客さんが欲しいものを即座に作ってお届けすること」は、現在は「顧客体験価値(CX)」とも言われるようになりました。靴下の例で言えば、靴下を買う人は、衣類としての靴下ではなく、自分が欲しい靴下をすぐに買うことができること(顧客体験)に価値を見出しているのです。

ですから、靴下の価値は、ハードウェア(商品)ではなく、ソフトウェア(販売)に比重が高まってきている訳です。そこで、靴下メーカーは、労働集約型産業ではなく、知識集約型産業として捉えて事業の改善をしなければなりません。このことは、多くの方にご理解いただけると思うのですが、中小企業では、自社を労働集約型産業と捉えている会社が多いと、私は考えています。というのは、中小企業経営者の方が、「これからは、顧客体験価値をつくって顧客へ届けよう」と考えたとしても、具体的に何をすればよいのか、なかなか、思い浮かばないからだと思います。

確かに、顧客体験価値(CX)という考え方は新しく、馴染みがないという面があることも事実でしょう。だからこそ、顧客体験価値の創造に注目して、それが実現できるよう、具体的な行動を実践していくことは、ライバルとの差をつけるチャンスでもあると、私は考えています。そして、それをライバルに先駆けて実践したからこそ、タビオは靴下業界のリーダーになることができたのだと思います。

2023/11/3 No.2515