鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

小口工事を取った営業マンはスター

[要旨]

松江市にある島根電工では、かつては、大口工事を取ることが称賛されていましたが、現在は、大口工事よりも、小口工事を取って来た営業マンを称賛するようにしているそうです。それは、小口工事を受注することは、新しい顧客を創造する活動であるという考え方によるものであり、また、収益に確実に貢献するものだからだそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、島根電工の社長の荒木恭司さんのご著書、「『不思議な会社』に不思議なんてない」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、業績のよくない会社経営者は、自社の業績がよくない原因を、景気や経営環境など、外部に求めてしまいがちですが、どんな経営環境でも業績がよい会社があることから、経営者自身が考え方や活動を変えることで、業績が改善すると考えることができるということについて説明しました。

これに続いて、荒木さんは、自社の組織文化を変えたことについて説明しています。「ひとくちに『文化を変える』と言っても簡単なことではありません。今までやっていた公共工事の入札と、ゼネコンや工務店への御用聞き中心の営業から脱却して、一般家庭から、直接、受注をもらう営業に切り換えていくのは容易なことではないのです。そこには価値観の大きな転換が必要です。私も、大口の件名工事から小口工事に舵を切るときは、とても苦労しました。

島根電工グループでは、大口の工事の契約をとってくるのが優秀な営業マンでした。ですから、営業マンが官庁やゼネコンから大きな図面を持って帰って、『見積もりがきました』というと、みんな、大喜びでした。そして、少々赤字でも、大口受注ができると、『やったぁ、1憶か』と、所長も大きな声で喜ぶし、受注してきた営業マンは、まさにスターになります。そんな雰囲気の中では、小さな仕事取ってきた営業マンは、とても、『3万円の工事を取ってきました』とは言えません。

すると、ますます、営業マンは、大口の仕事の方に力を入れてしまって、小さな工事には見向きもしなくなります。でも、大口の工事を取るのは、ルート営業でできます。役所やゼネコンのルートに乗っていれば、極端な話、誰でも取れる受注です。一方、小口の仕事は、ほとんどが、一般家庭やエンドユーザーが対象ですから、ルートではなく、新規開拓です。そちらの方が新しい顧客を創造するという意味では、はるかに価値があります。

大口の工事の方が偉いのだ、という文化を変えるために、私は各営業所の所長にこう伝えました。『営業が大口の仕事を取ってきたら、部屋の外で喜べ。小さい声で2人だけで喜べ。大声で“取ったぞ!”とは言わないように。そして、新規開拓で、小口工事を取ってきた営業をスターにしろ』そうやって、新規開拓や提案営業の評価を高めていったら、みんなが、一生懸命、小口の提案営業を始めたのです。

もちろん、最初はみんな不安がりました。提案しても、すぐには実らないこともありますし、金額が小さいので、売上も伸びません。でも、上に立つ人間が、『数字や金額を気にするな。とにかく提案をして、新しい顧客を創造する人間が偉いのだ』という価値観を浸透させるようにしたら、だんだんに小口工事がメインになっていったのです」(202ページ)

この荒木さんのご指摘は、会社の文化を変えるということですが、私は、大口工事よりも、小口工事を取ることに注力したことに注目しました。一般的に、大口受注は歓迎されます。金額の同じ売上高を得るのであれば、大口受注の方が小口受注よりも手間がかからず効率的だからです。ところが、このような考え方は、他社も持っているでしょう。

したがって、大口受注は競争が激化してしまい、荒木さんもご指摘しておられるように、赤字になっても受注し、さらに、それを喜ぶようなことが起きます。確かに、大口受注は売上高を増やしますが、赤字であれば、相対的な利益は少ないとしても、小口受注を取る方が賢明です。また、大口受注ばかりを狙うと、売上が安定しなくなったり、従業員が小口受注への対応を疎かにして、顧客から悪い評価を受けたりするという懸念が起きます。

例えば、ある油揚げ製造メーカーは、大手製麺会社のカップうどん用の油揚げを納品していました。ところが、その大手製麺会社は、油揚げの製造を内製化してしまったことから、同社は事業が立ち行かなくなり、「うにのようなビヨンドとうふ」などのヒット商品を次々に生み出し、業績を拡大していた、相模屋食料に支援を求めたそうです。

そして、同社は相模屋食料の支援のもと、カップうどん用の油揚げを小さく刻んでできた製品、「おだしがしみたきざみあげ」を開発し、ヒット商品になりました。このように、同社はピンチを切り抜けたものの、同社と同様に、大口顧客に依存している会社は、その取引がなくなると事業が継続できなくなるはリスクが高い状態にあると言えます。

ところが、これは、傍から見ればすぐに理解できることなのですが、多くの中小企業では、こういったリスク管理は行われていないのが実情なので、今回、ここでリスク管理について説明しました。もちろん、大口受注がすべて問題とは限りませんが、少なくとも、受注が偏ることがあったり、受注状況の管理をしなかったりすることは避けなければなりません。さらに、島根電工のように、小口工事の受注に注力するといった、具体的な対応策を実践する会社は、本当に強い会社になるのだと思います。

2024/3/8 No.2641