[要旨]
事業活動において、利害関係者間の利害はトレードオフの関係にあることから、同時にすべての利害関係者が満足するということは、論理的にはありません。そこで、各々の利害関係者の満足の度合いの和が最大になるよう、そのバランスを図ることが経営者の重要な役割であり、そのことが事業活動を長く継続させる重要な要素となります。
[本文]
前回、全体最適に関して説明しましたが、全体最適の「全体」とは「部分の和」という意味ではなく、部分(個人)が組織全体の成果の最大化を目指すという観点からの全体ということを説明しました。今回は、これに関して、少し掘り下げたいと思います。まず、長さが1mのロープがあると思ってください。このロープで四角形をつくるとき、面積を最も広くしようとするとすれば、1辺が25cmの正方形(面積は625平方cm)をつくることになります。
つぎに、このロープで短辺が20cm、長辺が30cmの長方形をつくると、面積は600平方cmです。さらに、短辺が10cm、長辺が40cmの長方形をつくるt、面積は400平方cmです。この、四角形をつくるロープの長さは事業活動の遂行に必要な貢献の量、四角形の面積は事業活動の成果とすれば、その貢献の各部門間での分担の仕方、すなわち、四角形の形は、バランスが悪い長方形よりも、正方形に近くなるほど成果が大きくなるというイメージです。
これは、バランスよく貢献をしてもらうことが成果を高めることになるという私のイメージなのですが、事業活動に参加しているステークホルダーは、自らの利益を大きくしようとすれば、他のステークホルダーの利益は小さくなるという、トレードオフの関係にあるというイメージをお伝えするものです。そして、トレードオフの関係にあるもの同士の利益は、同時に最大化することはできないので、事業活動に参加する人たちの利益を最大化、すなわち、部分最適を追求することで、全体最適が実現するということはあり得ません。
このことについては、これを意図しているかどうかは分からないのですが、稲盛和夫さんの、「値決めは経営」という考え方にあてはまると、私は考えています。稲盛さんは、その意図について、次のように述べておられます。「値決めは、製品の価値を正確に判断した上で、製品一個当たりの利幅と、販売数量の積が極大値になる一点を求めることで行います。
またその一点は、お客様が喜んで買ってくださる最高の値段にしなければなりません。こうして熟慮を重ねて決めた価格の中で、最大の利益を生み出す経営努力が必要となります。その際には、材料費や人件費などの諸経費がいくらかかるといった、固定概念や常識は一切捨て去るべきです。仕様や品質など、与えられた要件をすべて満たす範囲で、製品を最も低いコストで製造する努力を、徹底して行うことが不可欠です。値決めは、経営者の仕事であり、経営者の人格がそのまま現れるのです」
念のために説明すると、事業活動に関わっている利害関係者は、会社の役員、従業員だけではありません。製品を購入する顧客、材料を提供する仕入会社、資金を提供する株主・銀行も利害関係者です。そして、これらの利害関係者同士の利益は、前述したように、トレードオフの関係にあります。例えば、顧客から見れば、製品の価格は安いほど顧客の利益は大きくなりますが、それは、一方で、製品を製造する会社、その会社に材料を提供する仕入会社の利益と相容れません。
そこで、稲盛さんが「お客様が喜んで買ってくださる最高の値段」と述べておられるように、「最高の値段」を決めることで、事業活動に関わっている人たちの利益の和(ここでの利益とは、利益額ということではなく、満足の度合いという意味で理解してください)が最大化する、すなわち、全体最適を実現するようにすることが、経営者の役割になるのだと思います。もし、例えば、経営者が値決めを誤り、それを低くし過ぎてしまうと、顧客は喜びますが、材料を提供する会社や従業員はそのしわ寄せを受け、利益の和が少なくなってしまいます。
すなわち、四角形の面積の例で示したように、いびつな形となり、そのバランスが悪いほど、全体最適でなくなり、事業の継続が難しくなると思います。稲盛さんは、全体最適のことだけを述べようとして「値決めは経営」とおっしゃたわけではないと思いますが、私は、全体最適を実現するためには「値決め」が鍵になるのであり、その全体最適実現のために経営者が「値決め」に深く関わり、責任を負わなければならないという意味もあると、考えています。
2026/3/14 No.3377
