[要旨]
公認会計士の林總さんによれば、リーマンショックの前は、手元資金の多い会社は、経営者の能力がないと評価されていたものの、リーマンショックを生き残った会社は手元資金が多い会社であったことから、かつての評価は変わったということです。そして、これからは、“人”の価値が重要になりますが、現在の会計制度では、“人”の価値は資産に計上できないので、制度が改善されることが望ましいということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の林總さんのご著書、「騙されない会計-会社の数字のウラを読む方法」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、林さんによれば、業績が黒字であっても、手元にキャッシュフローがなけれは事業を継続できなくなりますが、業績が赤字であっても、手元にキャッシュフローがあれば、事業を継続することができ、その間に、業績を改善できる機会を得ることもできるということについて説明しました。
これに続いて、林さんは、最近は、手元資金が多い会社が評価されるようになってきたということについて述べておられます。「ポ口家に住んでいるけれど、床下に現金をたんまり貯め込んでいる人もいれば、高級マンションに住んでいるのに、お金がなくて冷蔵庫はいつも空っぽという人もいます。家だけ見ても、その人の裕福度は分かりません。同様に、売上や利益ばかり見ていても、その会社の本当の元気度や将来性は測れない。大事なのは営業キャッシュフローです。
『でも、あの世にお金は持っていけないんだから、お金を貯めこんでも仕方がない』『会社だって、多額のキャッシュを貯め込んでいるのは、経営者に投資や事業展開の才がないということじゃない?』と思う人もいるでしょう。実際、預金が多く、その資金を投資に使わないのは最悪の経営だといわれてきました。預金金利は大口定期でも1%未満。投資に回せば数パーセントから、うまくすれば10%以上のリターンが得られる。それをしないのは経営者が無能な証拠--。
そう喧伝したのはアメリカの金融資本主義者たちです。日本でもそれが常識のように語られ、『M&Aのターゲットにされたくなければ、預金を減らし、投資に回せ』とも言われました。ところが、リーマン・ショックで状況は一変。リーマン後に生き残ったのは、預金を蓄えていた企業です。理由はカンタン。キャッシュは商売の礎、預金は商売を続けていくための保険だからです。蓄えがない会社は借金をしないと商売を続けられません。
しかし、世界中が金融不安に陥り、金融機関は回収するばかりで貸したがらない。貸してもらえないということは、食糧が底をついて生命を維持できなくなるということです。預金があれば、苦しい時はそれを取り崩して生きながらえることができる。預金の多寡で明暗が分かれたのです。『そうはいっても、やっぱり預金が多すぎるのも考えものでは?』という人もいます。でも、預金があるということは、いつでも投資できるということ。減らさなければいけない、ということはありません。
先日、某大手証券会社の営業マンが、『今、投資するなら絶対この会社。3年後には3倍になります!』と、自信満々に勧めていったのが、アメリカのセールスフオォース・ドットコム。クラウド・コンピューティングの分野で世界トップクラスの企業です。その財務諸表を見ると、驚いたことに固定資産がほとんどない。総資産のほとんどすベてが流動性資産で、それもキャッシュとか一時運用の有価証券が8~9割を占めている。先の話でいえば、まさに『預金が多すぎる』パターンです。もちろん、借金はゼ口。
ひと昔前なら『最悪』のレッテルを貼られていたであろう会社が、今は『イチオシ』といわれているのです。固定資産の割合が極端に低いのはグーグルなども同じです。彼らにとって最大の財産は、そこで働く“人”。でも、人間の財産価値は貸借対照表では表現できない。だから、数字上は固定資産が少なく、キャッシュなど流動性の割合が極端に多い。一見いびつな資産構成のようにも見えますが、財務諸表に人間の価値とかノウハウ、特許権、知的財産権などを正確に計上できれば、恐らく相当な規模になるはずです。
知的財産権については、これを貸借対照表に反映させようとする試みはなされていますが、現在のところ反映されていません。知的財産権というのは、将来のキャッシュフローを生むもの。これを計上するとなると、将来どれくらいのキャッシュフローを生んでくれるのか、そのパワーを現時点で評価し、金額に換算する必要が出てくる。専門的にいうと、将来のキャッシュフローの現在価値。それをどう計算するか、というところが難しいのです。ゆくゆくは、そうした価値を専門に鑑定する会社が出てくると思います。」(160ページ)
林さんは、「リーマン後に生き残ったのは、預金を蓄えていた企業」と述べておられますが、これは、コロナ禍にもあてはまるようです。コロナ禍で売上が減少した会社のうち、手元資金が薄い会社は資金調達に奔走しましたが、手元資金が厚い会社は、忙しいときにはなかなか着手できなかった人材育成を行い、競争力を高めていったようです。とはいえ、手元資金を厚くすることは、思うほど容易なことではありませんが、可能なのであれば、厚くすることが望ましいのかというと、私は、そう単純なものではないと思っています。
というのは、林さんは、「(セールスフォース・ドットコムなどの会社は)一見いびつな資産構成のようにも見えますが、財務諸表に人間の価値とかノウハウ、特許権、知的財産権などを正確に計上できれば、恐らく相当な規模になるはず」と述べておられますが、もし、“人”の価値が貸借対照表に計上されていれば、手元資金は相対的に「妥当な金額」になっているのではないかと思います。「経済のサービス化」という言葉は広く知られていますが、これは、サービス業の生産額が増加したり、製造業の生産する製品も、サービスに関する部分の価値が高まっている状況を指します。
そうであれば、サービスを提供する会社の資産も、サービスを生産する“人”の価値が増えて行くことは蓋然性が高いと言えるでしょう。一方で、現在の会計制度はその部分を計上できません。これは会計の限界と言えると私も考えています。したがって、これも林さんが述べておられるように、例えば、人材投資から得られる将来のキャッシュフローの見込額の現在価値を資産に計上するなど、会計の新しい対応が必要だと言えるでしょう。
2026/2/13 No.3348
