鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

『タダ』のコストは誰かが負担している

[要旨]

公認会計士の林總さんは、ワインがすきなので、ある百貨店のワインの試飲会に参加し、タダでワインを試飲しますが、その結果、安いワインではなく、高いワインを購入することになり、百貨店側は、試飲用のワインのコストを十分に回収することができるということです。このように、「タダ」ビジネスは、「タダ」の部分を誰かが負担していますが、利用者にはお得感を打ち出すことができ、効果的な販売方法だということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の林總さんのご著書、「騙されない会計」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、林さんによれば、顧客は最終的に製品の製造に要したすべてのコストを負担しますが、その見返りとして製品の価格を決めているため、製品にコストを負担する価値があると顧客が判断すれば購入しますが、その価値がないと判断すればコストは負担しないので、会社は顧客にコストを負担してもらえるようにするために、必要なコストと不要なコストを見極めるなければならないということについて説明しました。

これに続いて、林さんは、「タダ」ビジネスの仕組みについて述べておられます。「すべてのコストはお客様が負担している……としたら、最近流行っている『タダ』ビジネスは、一体どういう仕組みになっているのか。例えば、女性誌のオマケ。発行部数を伸ばしている女性誌は、いずれもタダのオマケを付けています。雑誌の定価は1,000円足らずなのに、大きくて、実用的で、ファッション性も高い付録が付いていてビックリします。オマケ目当てに雑誌を買う女性も多いようで、『雑誌のほうがオマケ?』と思ってしまうほど。

私はワインが好きなので、ワインの試飲会によく足を運びますが、あれも『タダ』モノのひとつです。特に気に入っているのが年に2回くらいある某百貨店の試飲会。あそこへ行くと3時間ぐらい試飲して、すっかりいい気分になって、気がつくと結構なお金を使っていたりします。どうしてそういうことになってしまうかというと、売り方が実にうまい(決して言い訳ではなく……)。会場には有名ワイナリーのワインが、1本1,000~2,000円くらいの安いものから1万円以上する高いものまでズラリと並んでいて、高いワインもちゃんと試飲させてくれます。

安いのと高いのを飲み比ベると、味の違いは歴然。最初は安いワインを買うつもりでいても、『どうせ買うなら』、『安いワイン10本分で、こんなにおいしいワインが買えるなら』と、高いワインも買ってしまう。結果的に多額のコストを負担して、デパートやワイナリーの売上に貢献しているというワケです。ウェプ上の無料二ュースサイトや、焼きたてパン屋さんの試食も『タダ』モノです。食べてみると、おいしい。おいしいから買う。でも、試食させてくれるパンは焼きたてではなくたいていは新たに焼き上がったパンと入れ替わりに棚から下げられた、いわぽ売れ残りのパンです。

さらに、タダではりませんが、ホテルのケーキ食ベ放題ゃ居酒屋の飲み放題も『タダ』モノの仲間。ただし、食ベ放題や割引には、タダほどのインパクトはありません。産直野菜のイベントなどで100円分のキュウリをタダで配れば長蛇の列ができますが、ザルに山と盛ったキュウリを、『100円引きにします!』と言っても、そんなに人は集まらない。同樣に、2個入りのリンゴを3割引にするより、『2個買えば1個タダで差し上げます』というほうが、はるかに反響が大きい。

こうしたタダに弱い消費者の心理も興味深いけれど、会計的に考えると、そのコストを一体誰が負担しているのか、という疑問が湧いてきます。これはいくつかのパターンがあるようです。まず、スポンサーが負担しているパターン。無料二ュースサイトがその好例です。無料配信しているけれど、サイト内にバナー広告を出しているスポンサーがたくさんいる。彼らは広告宣伝費という形でコストを負担し、それがサイトを運営する会社の収入となって、ユーザーにタダでニュースを配信している。

2つ目は、損を覚悟で会社が負担しているパターンです。高級ワインの試飲会は、これに該当します。そこのコストは自社で負担するけれど、販促効果でワインがたくさん売れれば、その利益でコストをまかなえます。飲み放題も、パターンとしては似ています。飲み放題で多少持ち出しになっても、それが呼び水となってお客が入り、おつまみで稼げればそこで利益を出せる。しかも、高級ワインと違って、居酒屋のドリンク類は意外と原価が安いので、飲み放題の価格や制限時間の設定の仕方によっては、ちゃんと利益を出せます。

3つ目は、タダと思って利用した人が実はコストを負担していた、というパターン。例えば、焼きたてパン屋の試食。店が持ち出しで客にサービスしているようにも見えますが、歩留まりを考慮して価格設定してあれば、試食に供されたパンの原価も、棚に並んでいるほうのパンにオンされている。焼きたてでないと売れないし、焼きたてがたくさん並んでいないとお客を引き付けることはできませんから、最初から、『100個燒いても、次の焼き上がり時間までに売り切れるのは80~90個』という計算ができていれば、残りを試食に回しても赤字は出ないし、お客に、『その分のコストを払っても、十分その価値がある』と思ってもらえるほどおいしいパンなら、販促効果は絶大です。

ケーキの食ベ放題も、実はお客がコストを払っているパターンであることが多いようです。例えば2,000円で、1個500円相当のケーキが食ベ放題だとします。お客は、『4個以上食ベれば元が取れる』と考えますが、5個目はタダではなく、5個目のケーキのコストもちやんと2,000円の原価部分にオンされている。あるいは、ケーキは食ベ放題でも、高い紅茶やコーヒーなどを必ずセットで頼まなければならない仕組みになっていて、そこにオンされている。

タダだと思ってバクバク食ベていたら、実はその分のコストは自分の懷から出ていて、代わりに欲しくもないカロリーをたっぶり懐(より下のほう?)に溜め込んでしまった、なんてことにならないようにしたいものです。女性が飛びつく化粧品の試供品も、実はパターン3。タダでもらったサンプルを使って、効果が感じられると思わず買ってしまう。でも、買うとなると化粧品は結構高い。サンプルのコストも十二分に出ます。

女性誌のオマケはというと、こちらはスポンサーとのタイアップなので、基本的にはパターン1。女性に人気の有名ブランドとタイアップして、バッグやポーチ、カードホルダーなどの実用的なオマケを付けています。スポンサーにとっては、広告を出すよりインパクトがあるし、読者がそのオマケを持ち歩いてくれたらブランドの宣伝にもなる。読者が欲しがるオマケを企画できれば雑誌も売れるし、読者も『タダでもらえた!』の満足感が得られる--というのが基本的な仕組みですが、実は読者も付録のコストの一部をちゃんと払っているというところがミソ。

雑誌の定価には、オマケを企画したり、それを雑誌にはさんでヒモ掛けする作業代といったコストの一部がちやんと含まれています。自分の身近にあるものを会計的な視点で分類したり、分析すると、同じ『タダ』モノでもいろいろなパターンがあることが分かります。しかし、高価であれ、安価であれ、タダであれ、すベてのモノにはコストがかかっている。これは厳然たる事実です。『タダ』を手放しで喜ぶことなかれ。結局、本人がコストを負担しているケースは結構多いのです」(129ページ)

林さんが例に挙げた「タダ」ビジネスについては、スマートな利用者は、購入する商品や提供を受けるサービスの採算は十分に得られているということを承知の上で購入したり利用したりしていると思います。ただ、こういった「タダ」ビジネスの構想は、会計の知識がある方が、発想しやすいと思いますので、会計の苦手な経営者の方は、会計の知識を身に付けて、ライバルに勝つためのビジネスの構想を考案していただきたいと思います。そして、最近、私が注目している「タダ」ビジネスについて2つ挙げたいと思います。

ひとつは、トライアルの購買データの解放です。こちらは、購入者に金銭的な負担をしているわけではないのですが、その代わりに、購入データをトライアルに提供しています。その効果として、例えば、花王の漂白剤の広告の打ち出し方を変えたところ、販売数が60%増加したいうことです。こうした、顧客からのデータ提供で、製品開発、物流、販売促進機能を最適化できれば、製造・販売側のコスト削減と、販売価格の引き下げなど、両者にメリットが得られることになります。

もう1つは、アパホテルのポカリスエットプールです。これは、ネーミングライツの1種で、ホテル側は、広告収入によってプールの採算を改善しようとしたのですが、さらに思わぬ効果があったそうです。すなわち、プールがいわゆるSNS映えすることで、プールの利用者が増え、大塚製薬にとっても広告効果が大きくなったそうです。こういった「タダ」ビジネスとその派生ビジネスは、まだまだたくさんあると思いますが、前述したように、こういった工夫ができるようになるためにも、経営者の方には会計の知識を持つことをお薦めします。

2026/2/7 No.3342