鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

『ゆでガエル』で反対勢力を染め上げる

[要旨]

良品計画の元社長の松井忠三さんによれば、同社でマニュアルを導入しようとしたとき、それに抵抗する人たちもいたそうですが、そのような人たちをマニュアル作成の担当者にしたところ、能動的にマニュアルを活用するようになったということです。そして、この方法は時間を要すると考えられがちですが、命令などで強制的にマニュアルを活用させてもあまり効果は得ることができないため、結果として最短の方法だと考えているということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、良品計画の元社長の松井忠三さんのご著書、「無印良品の教え『仕組み』を武器にする経営」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、松井さんによれば、かつて、しまむらの方との勉強会で、同社では値札のタグが3種類しかないということを知り、無印良品でもそれにならって203種類を98種類に減少させたところ、コストの50%の2.5億円を減少させることができたそうですが、このようなことから、松井さんは、自社の常識は他社からみれば非常識のことがあるので、経営者は部下たちを異文化に触れさせる責務があると考えるようになったということについて説明しました。

これに続いて、松井さんは、事業の改善に抵抗する人たちに対して、マニュアルを活用することで、その抵抗がなくすことができると述べておられます。「ゆでガエルと聞くと、あまりいいイメージを持たない方も多いでしょう。一般的な解釈は次の通りです。力エルを熱湯にいきなり入れると、熱さのあまりに飛び出しますが、水に入れてから徐々に温度を上げていくと、温度変化に気づかないままゆであがって死んでしまいます。そのことから、ぬるま湯のような組織にいると、業績や環境の変化に気付きにくくなり、いつの間にか取り返しがつかなくなる--衰退していく組織の体質を表すために、この表現はよく使われています。

実は、この“ゆでガエル”の現象は、改革の反対勢力を染め上げる方法としては有効です。変化に気付かないうちに、徐々にゆであがっていく。この痛みもかゆみも感じないような方法をとれれば、メンバーに痛みを感じさせずに改革を実行できます。たとえば、MUJIGRAMをつくるときも反対勢力は少なからずいました。そこで私は、反対勢力の彼らを、あえてMUJIGRAM作成の委員に任命しました。責任者として、積極的に作成に関わらざるを得ない状態にしたのです。

そうすると、最初は“仕方なく”という気持ちもあるのでしょうが、やはり自分の得意分野であり、こだわりのある仕事についての仕組みをつくるとなれば、知恵を出すようになっていきます。『ディスプレイはこれで統一したほうがわかりやすい』、『この商品はこの位置に置いたほうが手に取りやすいのではないか』など、次々と個人のノウハウが、全社で共有する知惠になっていきました。こうなれば、もはや彼らは反対勢力ではありません。自分たちがつくり上げたMUJIGRAMですから、それを積極的に活用すベく、現場にも伝えるようになっていきました。(中略)

ゆでガエル方式は、時間と手間のかかる、回りくどい方法に思えるかもしれません。確かに、私も3年間は辛抱だと思っていました。しかし、結局はこれが一番の近道だと私は考えています。力で反対勢力を押さえつけたり、無理な妥協点を見いだしたりしても、それでは本当の意味でチームや組織を変えることはできません。メンバーが当たり前のこととして自然と体現するようになって初めて、本当の変化といえるのです」(131ページ)

いわゆる「ゆでガエル現象」は、松井さんもご指摘しておられるように、業績が悪化していることに役職員が気づかないというネガティブな状況を指すことに使われることが多いようです。しかし、松井さんは、事業改善に抵抗する人たちに、徐々に改善を行うことで、その変化に対する苦痛をあまり感じさせずに、事業改善を円滑に行うという意味で使っているようです。その理由としては、「力で反対勢力を押さえつけたり、無理な妥協点を見いだしたりしても、それでは本当の意味でチームや組織を変えることはできない」からでしょう。

やはり、事業を効率的に改善しようとするためには、従業員の方が指示や命令によって受動的に取り組むよりも、事業の改善に得心して能動的に取り組むことが望ましいということは容易に理解できます。ただし、事業の改善に抵抗する人たちの考えを変えるには、それなりの時間を要するのですが、だからといって強制的に改善に取り組ませるよりも、従業員の方の考え方が変わるようにすることの方が、結果として最短の方法であると、松井さんも考えておられるようです。

ところで、このような従業員の方の考え方を変える働きかけに関して、「無関心圏」という考え方があります。これは、組織論の第一人者で、米国の会社経営者であったバーナードが、彼の主著、「経営者の役割」の中で述べているものです。バーナードは、同書で、組織の中で命令を受けたとき、その命令に何の疑義もなく受け入れられる命令は、「無関心圏」の中にあると説明しています。しかし、その無関心圏の広さは、組織や人によって異なります。無関心圏が狭い人は、多くの命令に疑義を持ち、無関心圏が広い人は、疑義を持つ命令は少なくなります。

したがって、経営者は、誘因を与えたり、リーダーシップを発揮して、部下の無関心圏を広げると、多くの命令を円滑に受け入れてくれるようになるというものです。良品計画の例では、マニュアルの導入にあたって、抵抗する人たちが少なからずいたわけですが、松井さんは、その人たちをマニュアルの作成担当にすることによって、その人たちの無関心圏を広げていったと考えることができます。この無関心圏を広げるという考え方については、地味な手法ではあるものの、組織活動において大きな威力を発揮するためにはとても重要な考え方だと考えています。

2026/1/2 No.3306