[要旨]
良品計画の元社長の松井忠三さんによれば、同社で最初にマニュアルを作成しようとしたとき、ファッションセンターしまむらのマニュアルを参考にしたそうですが、マニュアルはその会社の社風を反映させたものになっているので、良品計画では活用することができなかったそうです。そこで、自社独自でマニュアルを作成することにしたそうですが、同社のマニュアルの活用が軌道に乗るまでに5年程度かかったということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、良品計画の元社長の松井忠三さんのご著書、「無印良品の教え『仕組み』を武器にする経営」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、松井さんによれば、同社では、部下の育成方法をマニュアル化しているそうですが、これによって、部下の育成を効率化したり、育成方法が標準化されたりするという利点があるだけでなく、部下の育成がうまくいかなかった時に、指導する側に責任が問われてしまうという不満を解消することもできるようになるということについて説明しました。
これに続いて、松井さんは、マニュアルは組織風土を反映するものであるので、一朝一夕には「血の通った」マニュアルを作成することはできないということについて述べておられます。「本章では、無印良品をVs字回復させたマニュアルの秘密を具体的に紹介してきましたが、最後に一つだけ注意点を書いておきます。それは、1か月や2か月の短期間で急ごしらえでつくっただけのマニュアルでは役に立たないということです。今日この本で知ったマニュアルのつくり方は、すぐ明日から役に立つ、という類のノウハウではありません。改善を繰り返しながら、ときに我慢を重ねながら、軌道に乗せていく長い過程があって初めて機能するものです。
私も、MUJIGRAMをつくるとき、初めは模範となるような企業のマニュアルを参考にしようと考えました。他社のマニュアルを見て、他社とは異なる部分だけを手直しし、自社独自の内容を盛り込めば完成すると考えていたのです。そこで、まずファッションセンターしまむらのマニュアルを見に行きました。しまむらでは、全社員から毎年5万件以上の改善提案が寄せられ、これを一つひとつ検討し、マニュアルを毎月更新しています。3年もすると、マニュアルが一新するといわれるくらい、活用度の高い、“生きたマニュアル”です。
『これはいい』と早合点して帰り、真似してつくってみようとしましたが、なかなか現場で使えるようなマニュアルにはなりませんでした。当たり前ですが、会社が違えば、何もかもが異なります。扱う商品やその数、社員の数、会社にある部署、取引先、店舗の大きざなど、何一つとして同じところはありません。そういった要因が異なれば、マニュアルも異なったものになるのは自然の道理です。しまむらでは、もっとも優れたベテラン社員のやり方をマニュアルの手本と考えていました。
ベテラン社員が、長年のキャリアの中で培ったノウハウ、知恵といったものが素地になっていたのです。しまむらが時間をかけてつくり上げたマニュアルとは、いわぱしまむらの風土です。それをそのまま無印良品で導入しても役に立つはずなどありません。だから、独自にMUJIGRAMをつくることにしました。繰り返しますが、マニュアルは業務を標準化した手順書であるだけではなく、社風やそれぞれのチームの理念とも結びついています。マニュアルがこの2つの懸け橋としての役割を担っていると言ってもいいでしょう。
ですから、マニュアルは時間がかかったとしても、自分たちの手で一からつくり上げていくしかないのだと腹をくくってください。MUJIGRAMも軌道に乗るまでは5年ほどかかりました。遠い道にこそ、真理があります。これは私の信念の一つですが、迷ったときは大変な道を選ぶと、結果的に正しい道を歩めます。マニュアルづくりは手軽にできるとは言えませんが、必ずチームの変革を実現できるはずです。それを信じてつくり続けて実行し続けた人にだけ、成果はもたらされます」(109ページ)
以前にも述べましたが、マニュアルを手順書が書かれているものと考えると、作成することはむずかしくありません。しかし、良品計画では、業績を改善するために、経営理念を反映したり、ノウハウを集約したりしたマニュアルを作成しようとしたので、それは一朝一夕に完成するものではなく、「軌道に乗るまでに」5年がかかったようです。このことは、経営戦略や情報技術にも共通することなのですが、経営者の方の中には、新しい打ち手や仕組みを取り入れることによって業績が向上すると考えてしまう方もいます。
しかし、新しい打ち手や仕組みを実行するのは従業員の方なので、従業員の方たちがそれらを上手に使いこなすことができるようなスキルを身に付けてもらうまでに時間を要します。この、従業員の方のスキル習得が必要ということについては、ほとんどの方が理解できると思うのですが、ときどき、「新しい戦略を実践しようとしたがうまくいかなかった」とか、「新しいシステムを導入したけれども役に立たなかった」という批判をする方がおられます。これについては、従業員の方のスキル習得を見落としていることが要因と思われます。
良品計画のマニュアルについても、松井さんが述べておられるように、手順書ととらえてしまうと、業績を向上させる効果はあまり高くないでしょう。会社の経営理念を実現するための工夫やノウハウを形式知としてマニュアルに反映させ、さらに、毎月、改善を繰り返していくとう活動がなければ、業績を向上させる効果のあるマニュアルをつくることができないということに注意しなければなりません。少し大袈裟かもしれませんが、松井さんが「迷ったときは大変な道を選ぶと、結果的に正しい道を歩める」と述べておられますが、あえて「大変な道」を歩こうとする姿勢が大切なのだと思います。
2025/12/31 No.3304
