鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

マニュアルで効率的な人材育成が可能に

[要旨]

良品計画の元社長の松井忠三さんによれば、習得に15年くらいかかると言われている経理業務をマニュアル化したところ、5年程度で1人前の経理担当者になることができるようになっただけでなく、人材が流動化しないことによる硬直化や、セクショナリズムを防ぐことができるようになったということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、良品計画の元社長の松井忠三さんのご著書、「無印良品の教え『仕組み』を武器にする経営」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、松井さんによれば、どんな会社でも、日々、トラブルが発生していますが、その対処法を会社内で共有することで改善に活かすことができることから、同社ではクレームが発生したときの対応方法についてマニュアルで定めた結果、2002年下半期に約7千件あったクレームが、2006年上半期以降は約1千件に減少したということについて説明しました。

これに続いて、松井さんは、マニュアルを充実することで、人材育成に資するということについて述べておられます。「私が西友で人事の課長に就いたとき、『松井君、経理部の社員が一人前になるのには15年かかるんだよ』と上司に言われたことがあります。『経理の仕事は、商品会計や財務など、大きく分けると4つぐらいあるが、それを一通り経験するには15年かかる』という話でした。

そうなると、経理に配属された人は、定年まで経理しか経験できなくなります。入社して15年で経理の仕事を覚えた頃には、40代の中堅社員です。これでは時間がかかりすぎです。その段階で営業や商品開発のような畑違いの部署に異動となっても、何もできないでしょう。だから関連会社に経理として出向するぐらいしか、その先の道は考えられません。すると人材の流動化が進まず、組織が硬直化してしまいます。この構造は、部署ごとに派閥を生む温床にもなります。

経理部の人間は、経理の利益だけを守ろうとし、販売部は販売の利益だけを守ろうとする。これでは会社全体を強くしていくことができません。こういった悪しき習慣をなくすためにも、人の流動化を進める仕組みが必要です。仕事を覚えるのに15年かかるのは、上司から部下に仕事の仕方を口頭で教えるという、いわば“口伝の世界”だったからです。私は、これを明文化しようと決めました。15年かけていた仕事を、新入社員でもある程度できるようにするために、業務基準書をつくりました。

長い時間をかけて覚えていた社員からは、『そんなに短期間で覚えられるわけがない』と反発はありましたが、そこは譲れませんでした。業務基準書では、経理部の業務は店舗に関する会計だけで11個のカテゴリーに分かれています。クレジットカードや商品券で支払いがあったときの処理の仕方や、新店を開店するときに必要な対応などを具体的に記しています。経理の担当者は、この業務基準書を読みながら手続きを進められるようになっているのです。

この仕組みができてから、経理の担当者はわずか2年間で1通りの仕事を覚えられるようになりました。5年もあれば一人前の経理部員のレベルです。つまり、マニュアルをつくると人材育成を効率的にできるようになるということです。無印良品では課長は全員、3か月の海外研修に行く決まりになっています。それだけ長期間、課長が不在になったら現場は大混乱しそうですが、毎年大きな混乱もなく現場は普段通りに仕事をしています。

それが可能なのは、業務基準書さえ見れば、仕事の進め方がすベてわかるようになっているからです。部下が判断に迷ったときにそばに上司がいなくても、業務基準書を見ればどう行動すればいいのかがわかる。この仕組みがあるから、課長も自分の研修に打ち込むことができるのです。よく課長と部長で指示が異なり、部下は同じ仕事を何度もやり直すケースもあるでしょう。それを防ぐためにも、部署内で方法を統一させておけば、仕事はスムーズに進むようになります。

業務基準書にしてもMUJIGRAMにしても、『そんな膨大な量を覚えられるのか?』と思うかもしれませんが、暗記する必要はありません。入社した時点で、それぞれのマニュアルを使って研修もしますが、2・3回教えたぐらいですベてを覚えられる人はいないでしょう。仕事を忘れた時、上司にその都度聞くのは気が引けて、独自の判断で行動して失敗し、上司から叱られるのはよくある話です。それが重なれば、部下はますます上司に聞きづらくなり、思考停止に陥ってしまいます。

上司も『なんで何度教えてもいらだ覚えないんだ』と、部下に対して苛立つばかりです。上司と部下、双方がストレスをためるだけで、何一ついいことはありません。マニュアルがあれば、仕事を忘れてもマニュアルを確認すればいいので、上司も部下も、どちらも気を遣う必要はなくなります。社内の雰囲気が険悪にならずに済むのも、マニュアルの優れた副産物かもしれません」(101ページ)

事業活動が活性化しなくなる要因には、業務の属人化や、聖域化があります。正直なところ、私は、松井さんが例にあげた経理業務は、マニュアル化で標準化することには限界があると考えています。しかし、それでもマニュアル化して標準化することが可能な部分については、できる限り標準化することが、会社組織の活性化が図られると思います。このマニュアル化の効果は、松井さんは人材育成が効率的になるということをあげておられますが、私は、次のような効果があると考えています。その1つ目は、業務の属人化や聖域化が減少することで、不祥事などを防ぐことができるようになります。

2つ目は、一人の従業員が複数の業務を習得しやすくなり、より機動的な人員配置ができるようになります。3つ目は、松井さんもご指摘しておられるように、複数の業務を習得した従業員の方は、仕事に関して多面的にみることができるようになり、セクショナリズム部分最適の考え方をする人が減少するということです。松井さんが、従業員の方たちにいぶかしがられながら経理業務をマニュアル化したのは、こういった効果があるとお考えになっておられたからだと思いますし、良品計画の業績がその正しさの証左になっていると思います。

2025/12/29 No.3302