[要旨]
経営コンサルタントの三條慶八さんによれば、あるタオル製造会社の社長から、男女の給与格差もなくし、やりがいのあるポストも任せるようにしているのに、女性の定着率が悪いと相談されたことから、調査をしたところ、トイレがあまりきれいでないことが、定着率を下げているということがわかったそうです。そこで、その会社の社長さんは、トイレを改装し、その結果、女性従業員の方からの満足度を高めることに成功したということです。
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今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの三條慶八さんのご著書、「社長のお金の基本」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、三條さんによれば、松下幸之助が「松下電器は人をつくるところで、あわせて電気器具もつくっている」と言っていたように、いまいる社員は会社の将来をつくっていく大事な資源であり、長期的視点に立って、人材育成に支出をしなければならないということについて説明しました。
これに続いて、三條さんは、従業員の定着率を高めるためには、職場環境を整えることが大切ということについて述べておられます。「『どういうわけか、うちの会社は女性社員がすぐにやめてしまうんです。能力のある女性にはどんどんやりがいのあるポストを任せるようにしていますし、もちろん給与にも男女の差はないようにしています。何が原因なのでしょうかねえ。私には女心はわからない……』とぼやくある社長さん。女性を活用できないようではいまの時代、成功しません。
社長さんの悩みが深いこともよく理解できます。この会社はタオル製品をつくっていて、新製品の開発など、女性の感覚はこの会社の大きな武器になっているのです。女性社員が定着しないのは、深刻な問題でしょう。さっそく女性社員に集まってもらい、かけ値のない本音を話してほしいといったところ、ある社員が『私、神経質なのかもしれませんけど、会社のトイレに入る気がしないんです。なるベく家ですませてくるか、お昼休みにランチに行くファミレスなどのトイレを使うようにしています』
この一言に堰をきったように、『更衣室がせまくて汚い、しょっちゅう掃除をしていないみたいで、ときどき臭いがこもっていることもあって……』『社員食堂は安くて味はまあまあなんですけど、雰囲気がいまいちで……』と口々に、社員用の施設に対する不満が飛び出しました。いつも来客用のスペースしか知らず、来客用のトイレしか利用したことがない私には驚くような話でした。最近の女性は職場を選ぶときの条件の1つに、職場の設備等の環境をあげる人が増えています。
なかでもトイレは最重要ポイントの1つ。更衣室の清潔さをチェックポイントにあげる女性も想像以上に多いことに気づかなければいけません。この社長さんは古い考えのもち主で、女性社員を確保したい、そのために、と思いつくのは、給与や昇格などの男女差をなくすこと、後は出産、子育てのための支援を充実させることだと考え、それらにはそれなりに力を入れできました。もちろん、そうしたことも大事な課題です。でも、最近の若い世代、特に女性は、働く環境にも大きな関心をもっていることを心に留めなければいけないでしょう」(34ページ)
この三條さんにご相談をした社長さんは、その後、三條さんの助言に従ってトイレを改装したところ、評価が高かったために、社員用食堂も地下から中庭に移し、その結果、社員食堂を利用する従業員が増え、従業員同士のコミュニケーションが活発になったそうです。では、どんな会社もトイレを清潔にしたり、社員食堂を充実させれば、会社の業績も改善するのかというと、私は、注意しなければならないことがあると考えています。
例えば、化粧品販売会社のランクアップの社長の岩崎裕美子さんは、ご著書、「ほとんどの社員が17時に帰る売上10年連続右肩上がりの会社」で、従業員の方たちを豪華なディナーに招いたときのことについて述べておられます。「今までの私たちは、社員の前で、かっこつけていて、自分たちが本当に求める価値感を伝えていなかったのです。社員からいい人と思われたい、いい社長と思われたいと考えて行ったことは、これまでたくさんありました。
一番すごかったのは、伝説の決算パーティーです。業績がよかった年に行ったパーティーは、なんと、六本木のリッツカールトンホテルで、3万円のフルコースディナー、お土産は、なんと2万円の食事券と5万円のエステ券という豪華さ。しかも、社員から、『せっかくドレスアップしてるから、髪もセットしたい!』という意見があったので、知り合いのヘアメイクさんを3名も呼んで、女性社員の髪を全員分セットしてもらうほど気合をいれました。(中略)
今、当時のことを社員に聞くと、『岩崎さんは、私たち社員に残業もないし、福利厚生も充実しているし、いい会社ですと言わせたかったんですよね』と、言われます。本当に、その通りです。私は社員に、『いい会社』と言って欲しくて制度を充実させたのに、社員は暗く、やる気がない…それで、私も日高も、『なせこんないい会社なのに、どうして社員は文句ばかり言うの?』と、ずっと思っていたのです」(139ページ)
会社経営者の方は、どうしても会社の業績や、従業員の方からの自分への評価を意識すると思います。むしろ、意識しない人の方が珍しいと思います。そこで、岩崎さんのように、部下たちを豪華なディナーに招待するといったことを行い、自分の評価を高めようとするのでしょう。では、部下の方たちをディナーに招待することを行ってはいけないのかというと、問題はそこではありません。
会社の方針として従業員満足を高めようとする活動が行われている中で、部下の方たちをディナーに招待たのであれば、岩崎さんのように、「岩崎さんは、私たち社員に残業もないし、福利厚生も充実しているし、いい会社ですと言わせたかったんですよね」と部下の方から言われなかったと思います。三條さんに相談をした社長さんについては、その社長さんの部下の方たちは社長さんをどう評価していたかはわかりませんが、もし、「社長はトイレを改装したけれど、『会社は従業員のためにこれだけのことそしたのだから、もっとしっかり働いて利益を増やせ』と考えているに違いない」と考えられていたとしたら、せっかくのトイレの改装が評価されないことになってしまうでしょう。
では、こういった空回りをしないようにするにはどうすればよいのかということについては割愛しますが、単に、トイレを改装する、社員食堂を充実させる、部下を豪華ディナーに招待するといったことを行う前に、自社は従業員を大切にするという方針で活動をしていくということをしっかり伝え、その一環として、前述のようなことを行っているということを理解してもらわなければなりません。もちろん、それには時間もかかりますし、必ずしも従業員全員に経営者の考えを理解してもらえないかもしれません。そういう面では、経営者の役割を担うことはとても難しいことだと思いますが、この課題を克服できた会社は、ライバルと大きく業績の差をつけることができることは間違いないと思います。
2025/12/1 No.3274
