[要旨]
経営コンサルタントの三條慶八さんによれば、松下幸之助が「松下電器は人をつくるところで、あわせて電気器具もつくっている」と言っていたように、いまいる社員は会社の将来をつくっていく大事な資源であり、長期的視点に立って、人材育成に支出をしなければならないということです。
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経営コンサルタントの三條慶八(さんじょうけいや)さんのご著書、「社長のお金の基本」を拝読しました。同書で、三條さんは、従業員の育成のために積極的にお金を使うことが望ましいということについて述べておられます。「社長のお金の使い方でいちばん大切なことは、目先のことに使うのではなく、将来を見据えてお金を使うことです。たとえば人材育成。IT時代だとか省力経営時代だといっても、経営のキーワードはあくまでも『人』です。
進化し、成長し続ける会社には必ずすぐれた人がいます。中小企業は大企業のように優秀な人材を確保することはむずかしいと覚悟しておいたほうがいい、とはっきりいっておきます。特に最近は、かつてないほどの人手不足、人材不足です。では、中小企業は有能な人材は得られないのか、と希望を失ってはいけません。人は育てることができるのです。いい会社は必ず、従業員の成長のためにお金を使っています。
経営の神様といわれる松下幸之助さんにはこんな逸話が伝えられています。松下電器産業株式会社は世界屈指の家電メーカー、いまではパナソニックと社名を変え、暮らし全般だけでなく、電気に関わるさまざまな事業を世界規模で展開しています。なぜ、ここまで大きく成長できたのか。その答えは、松下さんの『お金の使い方』にあるのだと思います。松下さんは、創業まもないころから、『松下は何をつくる会社か?』と尋ねられたら、『松下電器は人をつくるところです、合わせて電気器具をつくっております』と答えていたというのです。
社員にも徹底して、こう答えるようにといっていたそうです。『人をつくる』という精神を全社員が共有するように徹底していたわけです。私の顧問先の社長にも、松下さんのような方がいます。ある金属加工関係の社長さんは、一にも二にも人を育てることに熱心に取り組んでいて、外国語や技術関係の勉強をしたいという社員には費用を出し、勉強のある日は定時に会社を出られるように、周囲にも理解を求めるなど、最大限の応援をしています。
また、社員研修も毎年多額の費用をかけています。社員の健康管理に熱心なある社長さんは、パート社員まで人間ドックを受けるようにすすめており、費用を全額負担しています。健康管理は仕事にはいうまでもなく、家庭人としても大事です。人間ドックをすすめる企業は少なくありませんが、大手企業でも人間ドックの料金は一部負担、もしくは多人数が受診するので割引料金になる、それを自己負担するところが大半です。
ところが、この企業は『全額負担』。社員もそのありがたみは十分に理解していて、『うちの会社の規模でここまで行き届いた健康管理をしてくれるところはない』と社長の太っ腹ぶりに大いに感謝しています。中小企業の経営者のなかには、『この会社はオレのもの』と考え、自分優先のお金の使い方をする人が少なくありません。ある輸送関係の社長はその典型。自分や身内にはあまく、従業員には嚴しく、パワハラ的なふるまいはしょっちゅう、という人でした。
収益が悪くなると従業員の働きが足りないからだと決めつけ、すぐにボーナスカットや減給という手をとります。その一方で、社長ははた目にも荒い金づかいをあらためる気配がありません。考え方そのものが自分優先、自分中心なのです。これでは人が育つどころの話ではありません。社員は1人去り、2人去り……。気がついたときには、完全な人材不足、人手不足で、会社が回らなくなっていました。
人材確保が厳しい現在、人の確保はどの企業にとっても生命線といってもいいくらい大事な課題です。いまいる社員は会社の将来をつくっていく大事な資源なのです。人を育てるために一生懸命で、社員の健康管理や研修、海外視察など社員の成長のためにお金を使っていると、お金はめぐりめぐって、やがて何倍にもなって返ってきます。お金は貯めるのではなく、使って増やすことを考えたほうが賢明です」(30ページ)
ほとんどの経営者の方は、人材は大切だと考えておられると思います。その一方で、人材育成に支出をしている会社は決して多くないと感じます。その理由の1つは、人材育成のために支出をしても、その効果が不明確である、そして、効果があるとしても直ちにそれを実感することができないということだと思います。この理由については、その通りだと思います。その一方で、ライバルとの競争にどのようにして勝つのかというと、現在は経済が成熟化しているため、商品の品質や価格では差別化できなくなりつつあります。
そこで、人材で差別化を進める以外に余地はなくなっています。そこで、前述のような理由があるとしても、人材に支出をすることの妥当性が高いということができます。また、人材への支出が多い会社は、従業員満足度が高くなり、離職率が低下することで、経営基盤が強化されるということも期待できます。理由の2つ目は、経営者や幹部従業員に、人材を育成するスキルがあまり多くないからだと思います。
というのは、人材育成の重要性の認識が高まってきたのは比較的最近であり、いま、経営者や幹部従業員となっている方たちが若いころは、人材育成をしてもらったことがない、または、育成をしてもらったことがあったとしても、人材育成の優先度があまり高くなかった状況であったために、主に自分で仕事を覚えることでスキルを高めてきたのではないかと思います。そこで、経営者の方や幹部従業員の方たちは、これから人材を育成する側の立場としてそのスキルを身に付けなければならないのだと思います。
とはいえ、かつては、人材育成は、事業を支える活動という位置づけであったと思います。しかし、現在は、従業員自体が商品という位置づけに変わりつつあります。これは、別の言い方をすれば、従業員満足を高めることで、顧客満足を高める時代になっているということです。こう考えれば、人材育成はまさに事業活動の根幹といえます。したがって、松下幸之助さんが、「松下電器は人をつくるところ」と述べておられるように、人づくりが中心の会社にすることはまさにその通りだと私は考えています。
2025/11/30 No.3273
