[要旨]
経営コンサルタントの大坂靖彦さんによれば、大坂さんの塾生の2代目社長が経営する会社は、父親が一代で売上100億円の会社に育てたものの、いまでも実権を握り続け、息子に細かい指示をしてくるそうですが、その状態では社長は自主的な判断ができず、経営者として成長できないため、後継者育成を第一に考え、必要なとき以外は口出しをしないようにしなければならないということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの大坂靖彦さんのご著書、「中小企業のやってはいけない危険な経営」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、大坂さんによれば、現在は経営環境が激しく変化しており、業務プロセスを常に改善しなければならないものの、普段は、なかなかそれに着手できないので、退職者が出たときは、新たな補充をせずに業務を継続できる方法を考えなければならなくなるので、業務プロセス改善のよい機会になるということについて説明しました。
これに続いて、大坂さんは、経営者はマイクロマネジメント(部下が上司に細かく指示を出したり、頻繁に管理をすること)をしないようにすることが望ましいということについて述べておられます。「私たちの塾生に、地域の優良企業として地方新聞などにも取材されている会社の社長がいます。その父親が創業者で非常に有能かつ行動力も高い人物で、一代で会社を社員150名、売上100億円まで育てました。現在は、息子に社長の座を譲っていますが、経営の手綱を握ったままです。すベての会議に出席し、あらゆることに口を挟みます。
それだけならまだしも、会議の場で社長の息子に曖昧な発言や些細なミスがあれば、激しく怒り、他の役員もいる前で、パワハラ的に篤倒するのです。これでは、息子はたまりません。他の役員も萎縮してしまって、会長の顔色ばかりうかがうようになります。息子の社長は完全に自信を喪失して、『なんとかしてください』と私のところへ相談しにきました。こういう会社は決して少なくありません。後継者を育てることがトップの重要な役割であることを、忘れてしまっているのではないかと感じます。
自分から能動的に動けない指示待ち人間ばかりで、会社が組織として成長していけるはずがありません。ある程度の段階までなら、社長1人の健闘で大きくすることはできますが、一定規模以上になるためには必ず組織としての力が必要です。そして組織としての力は、結局、社員一人ひとりの業務遂行能力なのですから、社長は社員に力をつけさせ、それを伸ばすようか施策をとらなければなりません。そうでなければ、社長に不測の事態が生じたときに、会社はあっという間に立ちゆかなくなってしまうはずです。
社長がいなければ回らない会社というのは、厳しくいえば社長の個人事業であって、会社としての体をなしていません。自分がいなくなったあとも、未来永劫続く会社を望むのなら、社員に考えさせて社員の力を伸ばす方向に舵を切らなければならないのです。そのためには、社員の失敗を恐れずに、仕事を任せることです。もちろん、それは丸投げしで任せ切りにすることではなく、常に目を配り、重要なボイントではアドバイスをしながら、社員と伴走していくことです。
そのアドバイスは『さすが社長』と社員をうならせるレベルの高いものでなければなりません。レベルの高いアドバイスをするために、常に勉強を続けることも社長には必要です。そうして仕事を任せられ、重要なポイントではアドバイスも受けられた社員は、1年後、2年後には、大きく成長した自分の姿に気づくはずです。そこで、『よくやった』と褒め称え、共に祝杯を挙げるのです」(161ページ)
私がこれまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、大坂さんが事例に挙げた会社のように、創業者の父親が、社長という肩書だけは息子に譲っても、依然として実権を握ったままの状態の会社は、2代目が社長に就任した会社のうち、半分以上とは言わないまでも、決して低くない割合で存在するようです。この状態を改善しようとして、父親に対して、何度も息子に自立を促すことが望ましいと説明しても、感情的に受け入れてもらうことができないことが現実のようです。正直なところ、父親を説得することはほぼ不可能だと考えています。
ただし、マイクロマネジメントの弊害については、あらゆる経営者の方に共通する課題だと思いますので、その点について述べたいと思います。大坂さんは、「社長がいなければ回らない会社というのは、厳しくいえば社長の個人事業であって、会社としての体をなしていません」と述べておられますが、このご指摘について、経営者の方の中に、理解している方と、理解できない方がいると、私は考えています。
理解できない経営者の方は、会社を野球チームに例えると、自分が4番バッター兼エースピッチャーでないと気が済まないという方です。このようなチームは、結局、4番バッター兼エースピッチャーが一人で野球をしているようなものであり、ある程度はよい成績を残せるでしょう。でも、本当に強いチームは、能力の高い4番バッター兼エースピッチャーがいなくても、ほどほどの能力のある人が集まり、組織的なプレーをしているチームです。1人の能力の高い人がチームを引っ張っていると、もし、ホームランを打てなかったら、試合に敗れてしまいます。
でも、組織的なプレーをしているチームはヒットを重ねて確実に点をとり、また、投手も何人かが交代して、大量点をとられないように守ります。そして、この論理はほとんどの経営者の方がご理解されると思いますが、ここで問題となってくるのは、必ずしも、すべての経営者の方が、効果の高い組織的活動ができるように指示を出すことができるとは限らないということです。また、経営者の方によっては、事業活動は本来は組織的な活動であるとわかっていても、感情的に、自分が4番バッター兼エースピッチャーのままでいることを望んでしまうことも少なくありません。
しかし、私は、経営者の方は、野球チームで言えば、監督のような役割を担う責任があり、それを逃れることはできないと考えています。したがって、大坂さんがご指摘しておられるように、マイクロマネジメントをやめ、なるべく早く、部下の方たちが自分で考えて行動できるようにしなければなりません。ここで、もうひとつの課題が出て来ると思います。部下に仕事を任せたいとは思っていても、もし、仕事を任された部下が未熟であることによって失敗してしまう可能性が高いということです。
そして、この懸念される失敗は、多くの場合、実際に起きると思います。しかし、部下に仕事を任せることで起きるであろう失敗による損失と、部下に仕事を任せなかったことで、部下が成長しなかったために逃してしまう機会による収益は、どちらが大きいかと言えば、後者の方でしょう。このことについても、ほとんどの経営者の方はご理解されると思いますが、実際に仕事を任せようとすると、やはり、躊躇することがあるかもしれません。
この躊躇については、ドン・キホーテ創業者の安田隆夫さんも経験したそうです。安田さんのご著書、「運-ドン・キホーテ創業者『最強の遺言』」によれば、圧縮陳列で最初の店を成功させた安田さんは、2号店を出店しようとしたとき、圧縮陳列について、部下に理解してもらえず、苦しんだそうです。そこで、開き直って、2号店店長に店づくりを任せてみたところ、2号店店長は安田さんのような圧縮陳列はできなかったものの、独自の店づくりを行い、2号店も成功したそうです。
案ずるより生むがやすしだったということです。そして、この経験がきっかけで、安田さんは権限委譲の大切さを実感し、同社は徹底的に権限委譲を行うようになり、それが同社の安定的な成長につながったようです。もちろん、現実的には、常にドン・キホーテのようにうまく行くとは限らないと私も考えていますが、経営者の方は、組織づくりが主な役割であり、そのためには、大きな決断をすることは避けられないということだと思います。
2025/10/22 No.3234
