[要旨]
経営コンサルタントの大坂靖彦さんによれば、かつて、中規模の玩具店が、銀行から融資を受けられるからという理由で拡大路線をとったものの、大型店の進出により、競走に敗れたということがあったそうです。したがって、事業展開の判断には、銀行から融資を受けられるからという受動的な判断をせずに、きちんと経営者自らが事業の展望を精査して判断をしなければならないということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの大坂靖彦さんのご著書、「中小企業のやってはいけない危険な経営」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、大坂さんによれば、業績が悪いとき新規事業に進出して業績を改善しようと考える経営者は多いものの、それはうまくいかないことが多く、その理由は、既存事業の悪化の基本的な要因は、社長の経営者としての能力であり、虚心坦懐な姿勢で社長自身の能力を高めることが欠かせないということについて説明しました。
これに続いて、大坂さんは、銀行が融資を応諾したという理由だけで事業拡大をしてはいけないということについて述べておられます。「昔、日本中の商店街に、個人商店の玩具店がありました。しかし、1992年に大規模小売店舗法(大店法)が改正され、それまでの大型店出店に対する規制が大幅に緩和されると、アメリカの巨大玩具チェーン『トイザらス』が200年までに100店舗を展開しました。
それに対して日本の町に古くからあった玩具店の対応は、大きく2つのグループに分けられました。1つは5~10坪程度の小型店グループです。こちらはもともと収益性が低いところに玩具店大型化の波がやってきて、多くは経営危機に見舞われました。銀行も零細玩具店の将来には悲観的だったため、融資も受けられなくなります。そのため、多くは廃業しました。もう1つは、10~20坪の比較的大きな店を経営する、当時の『勝ち組玩具店』グループです。こちらは、零細玩具店の廃業による浮動顧客も取り込もうと、20~40坪まで店舗規模を拡大して生き残りを図る店が多くありました。
店舗不動産を持っていることも多く、長らく黒字経営であったため銀行からの信用が高く融資も受けられます。そこで店舗を拡張したり、広い場所に出店したりしていきました。しかしその後、それらの多くは倒産、廃業していくことになりました。500坪、1,000坪という超大型店が続々と増える中で、20坪の店を40坪に拡げたところで、何の意味もなかったのです。しかし10年単位で生じる時代の変化を、玩具店の社長も融資をした銀行も読むことはできませんでした。
皮肉なことに、早々にあきらめて廃業した零細店よりも、なまじ融資を受けられたばかりに、拡張路線に走った店のほうが深い傷を負うことになりました。もちろん、融資を受けることを決めたのは社長の判断です。しかし、その判断の根拠の1つに『銀行融資が受けられるから』という材料があったとしたら、銀行というものをあまりにも理解していないというベきでしょう。銀行の与信は、過去の業績データや貸借対照表に計上された資産を見て評価することが基本です。
マクロな視点で産業や業界がどう変化するのか、事業の将来性はあるのかなどを十分に評価できるとは限りません。最近では、業界動向などをよく勉強している銀行員も増えていますが、やはり評価の中心が過去のデータになることはやむを得ない面があります。したがって銀行が融資してくれるから拡張路線に進む、融資が受けられないから進まないというのでは、経営者としての軸がまったくないといわざるを得ません。私は社長時代、当時加盟していたマツヤデンキのFCから脱退し、ケーズデンキと業務提携をしました。
私たちはマツヤデンキの全国FC加盟企業96社中で売上が1位であり、私自身はFC会の副会長でした。そのため、周囲だけでなく、社内にも、せっかく安定した売上があるのに、なんでわざわざそれを捨てて移るのかという疑問の声がありました。しかし私は、今後は家電量販業界でも確実に大型店化が進むと読んで、小型~中型店舗を中心に展開し、それを変えようとしなかったマツヤデンキではなく、大型店舗展開の意向を持つケーズデンキのほうに大きな将来性があると踏んだのです。
そのFC移行に際して、数億円の資金が必要となり、メインバンクの地銀に相談しました。私たちは当時、優良企業で、もちろん融資返済が滞ったことなど一度もありません。決算書を見ている銀行はもちろんそれをわかっています。にもかかわらず、融資はけんもにもほろろに断られました。仕方なく、メイン以外の銀行に申し込んでみましたが、どこも同じような冷たい対応でした。せっかく安定して売上を上げてきたマツヤデンキFCを脱退することが、銀行には理解できない行動だったのでしょう。
ようやくある銀行が1億円の融資をしてくれることになり、危機を乗り切りましたが、このときに、『経営者にとっては将来の発展を見越した決断であっても、ほとんどの銀行員にはなかなか理解できない』ということを痛感しました。その後、マツヤデンキからケーズデンキグループヘの加盟をきっかけに店舗を次々と改装、たった2年で年商が37億円から8億円になりました。それがきっかけで17億円のシンジケートローンの組成に成功し、一気に大店舗化の波に乗れたのです」(74ページ)
銀行の融資審査には、5つの原則があります。(ご参考→ https://x.gd/9etah )(1)公共性の原則→融資の目的が公共性に沿うものであること。(2)成長性の原則→融資を行うことによって、融資を受けた会社の事業が成長することが見込めること。(3)安全性の原則→融資した資金の回収の確実性が高いこと。(4)収益性の原則→融資の金利が妥当であり、融資することで銀行の収益が見込めること。(5)流動性の原則→融資期間が必要以上に長期間にならず、回収が容易になることが見込めること。
大坂さんが悪い事例として挙げた玩具店については、銀行は融資を増やして利益を得たいという思惑がある、すなわち、収益性の原則と、玩具店が不動産を所有していて回収が見込める、すなわち、安全性の原則を優先し、将来性に問題はないかという視点、すなわち、収益性の原則を軽んじたと言えます。一方、大坂さん自身が、大型店出店の際に銀行に融資を断られた事例は、成長性の原則について正しい判断ができなかったということです。
大坂さんは、2つの銀行の判断の誤りを例に挙げていますが、逆のこともあります。私が銀行に勤務していたときのことですが、融資相手の会社から、「この事業は必ず成功するから融資をして欲しい」と融資の申し込みを受けたものの、銀行側は事業の将来性に疑義があると判断し、融資を断ったところ、その会社は他行で融資を受けることができたものの、その後、その事業は失敗したということもあります。
また、銀行から、新しいビジネスチャンスがあり、銀行も融資の支援をするので、事業拡大をしないかと提案をしたものの、その社長は慎重になって銀行の提案を断ったものの、後に他社にそのチャンスを横取りされたということもあります。銀行は、よく、融資判断を誤ったときに批判されますが、融資判断が正しいときもあるし、誤るときもあります。しかし、望んで誤った判断をすることはないので、融資判断は、ほとんどの場合、その時、その時で、全力を尽くしています。ですから、誤った判断をしたときは、それを直視し、次回以降はよりよい判断ができるようにするための糧にしているはずです。
これについては、融資を受ける側にもあてはまると思います。成功か失敗かは、事後的にわかることなので、融資を受ける段階では、お互いに悔いが残らないように議論することに尽きると思います。最も避けなければならないことは、大坂さんがご指摘しておられるように、「銀行融資が受けられるから」という銀行に依存的な判断をしないことでしょう。経営者自身がしっかりと根拠を持って判断することを繰り返していくことで、徐々に経営者としてのセンスが研ぎ澄まされていくと、私は考えています。
2025/10/15 No.3227
