[要旨]
経営コンサルタントの大坂靖彦さんによれば、業績が悪いとき、それを脱するために新規事業に進出して業績を改善しようと考える経営者は多いものの、それはほとんどの場合、最悪の打ち手となるということです。その理由は、既存事業の悪化の要因は、社長がそれまで行ってきた経営が間違っていたからであり、まずその事実を虚心坦懐に受け入れ、どこがどう間違っていたのか、なぜ成果が出なかったのかを徹底的に追求することを第一に行わなければならないということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの大坂靖彦さんのご著書、「中小企業のやってはいけない危険な経営」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、大坂さんによれば、事業活動が軌道にのると、これからもこのままうまく行くという慢心が社内に生まれてしまうので、経営環境の変化に対応できなくなり、組織が弱体化してしまう可能性が高くなることから、長期事業計画を立て、それに基づいて、日々、自社があるべき姿になっているか精査し、成長を続けなければならないということについて説明しました。
これに続いて、大坂さんは、新規事業に進出しても、業績を回復できるとは限らないということについて述べておられます。「企業経営を長く続けていると、業績が良いときもあれば悪いときもあります。社長は良いときには良いときなりの、悪いときには悪いときなりの打ち手を考えなければなりません。テーマとなっているように、業績が悪いとき、それを脱するために新規事業に取り組んで、そちらで業績を上げていこうと考える経営者は意外と多いのです。しかしこれは、ほとんどの場合、最悪の打ち手となります。
私たちの塾生に、健康グッズなどを製造販売する会社を営む野崎社長がいます。会社の業績は厳しく、かろうじて利益が出せている程度。設備投資や運転資金で借りている銀行融資を返済するとほとんどお金は残りません。このままでは会社の来性はないと考えた野崎杜長は、新事業開発を考えます。そして自ら考案した、『ペットの健康をサポートするグッス』の開発に取り組みました。クラウドファンディングで資金集めをして開発したその新商品は、幸運にもヒット商品となり、過去最高益を計上しました。
野崎社長は、平凡な町工場からビット商品を生み出した敏腕若手経営者としてテレビのニュース番組にも取り上げられて、有頂天です。『塾長、やっばり新規事業に取り組まないとダメですね』という野崎社長に、私がかけた言葉は『ご愁傷様』でした。野崎社長は、さすがにムッとした表情を見せましたが、それから1年後にはその言葉の意味を知ることになります。他社からそのペットグッズの類似商品が多く登場し、製品の売上が急減。野崎社長は新商品の事業に注力して、以前からの健康グッズの事業は活動をほとんど行ってこなかったため、業績が低迷。決算では営業赤字に転落し、ペットグッズの在庫を抱えて資金繰りにも窮するようになります。
野崎社長はそのときになってはじめて、『あのとき塾長にいわれた言葉の意味がわかりました』と素直に述ベ、私たちと一緒に会社を建て直していくことにしました。既存事業の状況が悪化しているのであれば、それは社長がそれまで行ってきた経営が間違っていた、成果を発揮しなかったということです。まずはその事実を虚心坦懐に受け入れなければなりません。そして、どこがどう間違っていたのか、なぜ成果が出なかったのか、それを徹底的に追求することが第一に行うベきことです。
例えば、製品やサービスの品質が落ちているとすれば、なぜ品質が落ちたのか?製造工程でミスが多発しているからだ。なぜミスが多いのか?製造部門社員のモチベーションが落ちているからだ。なぜモチベーションが落ちたのか?給料がろくに上がっていない上に、有給休暇もとりにくいからだ……。こういった具合に追求することで、業績悪化の根本的な要因にたどり着くはずです。その根本的な要因を放置したままで、新規事業に取り組んで、仮に一時的に成功したところで、すぐに同じ要因から衰退に転じることは自明です。
また、既存事業の悪化の原因が外部要因であっても同じです。例えば、既存競合が増えたことが事業悪化の要因だとするなら、競合に負けないように商品やサービスを改良する、営業方法を見直す、社内が一丸となって新規開拓をするなどレて、それに対応しなければならないはずです。もし、それができていないなら、なぜなのかを探ります。社長自身も全身全霊で考えなければなりませんし、幹部社員も知恵を出し合わなければならないでしょう。
このように、社長自身が生涯にわたってあらゆることから経営を考え、学ぴ続ける、そして幹部社員も自己研鑽していく、その継続で会社を改善していくことが、経営の本質です。それをおざなりにしたまま、新規事業に飛びついても、長い間成功し続けられるはずがないのです。新規事業自体は悪いことではなく、必要なこともあります。ただし、そのタイミングは、業績が良いとき、もっといえば過去最高益を計上しているときです。
過去最高益計上のときは、資金に余裕があるのは当然ですが、それだけ社員が力を発揮できているということですから人材にも余力があります。そういうときに、プロジェクトチームを作って新規事業参入を検討して取り組めば成功する可能性は高くなります。逆にいえば、新規事業に進出する最低限の『参加資格』が、既存事業で過去最高益を達成する(少なくともそれに近い業績をあげる)ことなのです。それすらクリアできないなら、新規事業に取り組むのは時期尚早です」(66ページ)
大坂さんは、「既存事業の状況が悪化しているのであれば、それは社長がそれまで行ってきた経営が間違っていた、成果を発揮しなかったという事実を虚心坦懐に受け入れなければならない」とご指摘しておられます。これについては、多くの方がご理解されると思うのですが、私がこれまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、これを受け入れる経営者の方はあまり多くないと、私は感じています。
会社の業績が悪化しているときの原因は、外部環境と内部環境の大きく2つに分けることができます。外部環境は、自社製品の需要が減少した、強力なライバルが現れたというものです。一方、内部環境は、経営者の能力、従業員の能力、ノウハウの量、技術力の質などです。そこで、業績を改善しようとするとき、大抵は、外部環境と内部環境の両方に課題があるのですが、その解決策として、外部環境を変える、すなわち、新規事業に進出するという選択をすることが多いと、私は感じています。
というのは、経営者や従業員の能力を高めることは大切とは理解できても、それに取り組んでも、即効性がないからです。それから、上から目線で恐縮ですが、経営者自身が、業績が悪い原因は自分にあるということを認めたくないので、新たな事業に転換すれば、業績が回復するという前提にしたいという思惑もあると思います。しかし、大坂さんが例に挙げた野崎社長のように、一時的にはうまくいくこともありますが、長期的に事業を軌道に乗せるには、やはり、経営者の能力が問われるということです。
もちろん、大坂さんもご指摘しておられるように、新規事業への進出は否定されることではありません。ただし、新規事業進出だけでは、業績の回復の決め手にはならないということです。したがって、経営者の方は、常に経営スキルを高めていくことが大切であり、それが会社の業績を長く発展させるための基本的な活動であると私は考えています。
2025/10/14 No.3226
