[要旨]
経営コンサルタントの大坂靖彦さんによれば、大口取引先に依存しすぎると、その相手に経営の主導権を握られてしまうというリスクがあることから、取引先のトップ1社が占める割合である1社依存率は高くても30%までとし、取引先を分散することが大切だと言うことです。
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今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの大坂靖彦さんのご著書、「中小企業のやってはいけない危険な経営」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、大坂さんによれば、商品の価格を値上げすれば、利益率を改善することはできますが、自社が儲けたいという一方的な値上げをすると、長期的には顧客が離れて行ってしまうので、顧客が値上げを納得してもらえるよう、商品の価値を高めたり、ブランドを高めたり、顧客からの難しい要望にも応ようと努力をしたりするという対応も欠かせないということについて書きました。
これに続いて、大坂さんは、大口取引先に依存することは避けた方がよいということについて述べておられます。「これは主にBtoB事業を行う企業が対象となるテーマです。『大企業が大口顧客となってくれているから、うちは安泰』『小口の取引先ばかりだと不安定だから、大口で取引してくれる顧客を開拓しなければ』多くの中小企業経営者は、このように考えます。営業マンに、もっと大口顧客を開拓しろとはっばをかけたことのある社長も少なくないでしょう。しかし、大口顧客がいるから安泰というのは、単なる『錯覚』です。
実際には、大口顧客の存在は、2つの点で会社に危機をもたらしかねない『リスク』となります。1点目は、取引の、ひいては経営の主導権を大口顧客に握られてしまうリスクです。そして2点目は、現状維持志向が強くなることで、組織が弱体化していくリスクです。ここでは、1点目のリスクについての事例を紹介します。私たちの塾生に、東海地方で樹脂製品の成形や加工を行つている会社の社長がいます。以前、その会社は地場の中小~中堅企業を取引先にしていました。
ところが、あるきっかけで上場メーカーの1次下請けをしている売上高500億円超の大企業X社から受注を得ることができました。これは、元営業部長が入社してきたことがきっかけでした。以前に彼が勤めていた会社がX社と取引があり、役員とも懇意にしていたのです。そのコネクションがあったため、かなり大口の取引をX社から受注することができました。それから3年後には、売上高に占めるX社の割合は、約50%にも達していました。X社からの発注はほぼ毎月あり、売上に大いに貢献していました。
ただ反面、子算や納期が厳しく、粗利率は他の取引先に比ベて大幅に低くなる上に、納期に間に合わせるために無理な残業をしなければならないこともたびたび発生していました。そんなとき、事件が発生しました。なんと、営業部長がX社の役員と組んで、経費の水増しをしていたことが発覚したのです。社長は激怒して営業部長を解雇しましたが、それに対してX社の役員が『その解雇を取り消せ、さもないと、3か月後にはお宅との取引を打ち切るぞ』と脅しをかけてきたのです。
社長は青くなって私のところに相談にきました。その内容は『なんとか穏便に営業部長に戻ってきてもらって、X社との取引を継続したいがどうすればいいか』というものでした。私は思わず、『アホいうな!』と一喝しました。ここでそんな要求を飲んだら、X社に人事権を握られて、この先ずっとX社の奴款になる。経営者としてそれでいいのかと。しかし社長は、50%も売上が減ったらとてもやっていけないと、憔悴し切った表情です。
そこで、私は会社に行って社長とともに会社の状を社員に説明しました。そして、社員一丸となって、新規取引先開拓の大作戦を実施しようと、熱く檄を飛ばしました。社員は皆理解してくれて、全員で社長を支えて、会社の危機を乗り越えようと、ポルテージが上がります。私はその姿を見て、『これなら大丈夫だ』と確信しました。そして、社長にはX社に『お好きにどうぞ』と伝えさせたのです。その結果、本当に3か月後にはX社からの発注がなくなりました。
しかし、その間に開拓した新規取引先があったため、売上は3割減程度で済みました。そして、そこからざらに半年ほどあとには、X社と取引していたときと同程度の売上規模まで回復したのです。しかも、新規取引先はいずれもX社より高い粗利を得られる価格での受注となったため、粗利率が5ポイントも上昇しました。総売上高のうち、取引先のトップ1社が占める割合を『1社依存率』といいます。
事例の会社のようになりたくなければ、この1社依存率は可能な限り、20%以下に抑えるということを、肝に銘じてください。どんなに高くても30%まで。もし30%以上になっているのなら、すぐにでも新規開拓に取り組んでください。理想的には、依存割合20%前後の主要顧客が3社程度あり、10%程度の顧客が3社程度、あとは小口の顧客となっていることです。そうすれば、もし依存度卜ップの取引先からの受注がなくなったとしても、さほど慌てる必要はなくなります」(58ページ)
大坂さんのご指摘はまったくその通りなのですが、特に、製造業や建設業などの中小企業では、系列取引の都合で顧客が限られている、製品が特殊で顧客が限られている、自社の規模が小さいため取引先数を拡大することができないなどの事情で、取引先を分散できないという会社は珍しくありません。これを言えば元も子もないのですが、中小企業の事業にはさまざまなリスクがあるので、大口取引先に偏重することもそのリスクのひとつとして向き合っていかなければならないことが現実だと考えています。
だからといって、リスクに受け身になっていることは避けなければなりません。もし、自社の最大の顧客との取引先がなくなった場合はどうすればよいのかということを、日頃から考えておき、万一、それが現実化したときにすぐに対応できるようにしておくことは、リスクを避けることはできなくても、リスクが現実化したときの影響を最小限にすることができます。
ひとつの例として、群馬県前橋市の豆腐製造業の相模屋食料が、石川県鹿島郡中能登町の油揚げなどを製造している石川サニーフーズを子会社化した経緯についてご紹介したいと思います。これについては、日経ビジネス編集部の山中浩之さんが、相模屋食料の社長の鳥越淳司さんに行ったインタビューの内容が書かれている本、「妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話」に書かれています。
「相模屋に、『おだしがしみたきざみあげ』というのがあるんですけれど(中略)これをつくっている石川サニーフーズは、実は、“あの”カップうどんのお揚げを納めて会社で(中略)、そのカップうどんのメーカーさんが、お揚げを内製化するということになりまして、それで需要がなくなって、石川サニーフーズの親会社(不二製油株式会社)さんからうちにお話が来ました。(中略)
私どもが行ったときには、こちらの会社は『別のカップうどんの取引先を探さないと』という雰囲気だったのですけれど、ふと、工場の片隅を見たら、裁断機があったんですね。納品先の規格に合わないお揚げをカットして、違う商品で使うための。(中略)めったに使われないらしくて、放置されていたんですが、『これで最初から刻んで売ろうよ、常温で保存できて、包丁を使わずに、すぐ料理に入れるから、喜ばれるよ』と(提案しました)。
刻んで食べたときにおいしくなるように、だしがしっかりしみたお揚げをつくって、カットして、使いやすいように袋にチャックも付けて。おかげさまで、これが売れて売れて。今は専用の生産設備をどんどん入れています。(中略)考えてみると、この会社は社員数90人前後なのに、いわゆる大企業病にかかっていたんですよね。(中略)大企業病の症状は、『他人の判断基準にひたすら従って、自分では考えない』ことですから、規模は関係ないです。
大きなクライアントの規格、基準、数字に沿うことが最優先事項で、やりたいことがあっても簡単には通らないし、お伺いを立てないと、物事が動かない。そうなればどうしても、言われたことだけを黙々とやる。ロボットみたいな仕事になるわけです。まずは皆さんに自我に目覚めてもうらおうと。やりたいことに気づいて、そのために働いていただこうと。『手持ちの商品で、こんなヒットが出せたじゃないか』が、その気持ちの大きな支えになります」(31ページ)
石川サニーフーズは、相模屋食料の子会社となってから、「おだしがしみたきざみあげ」というヒット商品を開発しましたが、このヒット商品は、相模屋食料の社長の鳥越さんのアイディアとはいえ、相模屋食料に支援を受けなくても自力で開発できた可能性はあったのではないかと私は考えています。ただ、鳥越さんがご指摘しているように、石川サニーフーズが「大企業病」にかかっていたために、相模屋食料に支援を受けることになったと言えます。
したがって、中小企業は事業のリスクをなくすことはできなくても、他社に依存しすぎてしまう、すなわち大企業病にならないよう、リスクへの対応能力を高めておくことで、リスクげ現実化したときの影響を少なくすることができるので、経営者の方は、リスクへの備えを怠らないようにすることが大切だと、私は考えています。
2025/10/12 No.3224
