鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

三方良しの実践は長期的事業発展に必要

[要旨]

経営コンサルタントの大坂靖彦さんによれば、経営者の方の中には、仕入値の引き下げを仕入先に強要して利益を確保する人もいますが、それは短期的には利益を得ることができても、長期的には、仕入先からの協力を継続して得ることができなくなり、自社の事業も継続できなくなるリスクが高まるため、自社の都合だけを優先せずに、仕入先とともに事業を発展させていくという考え方で経営に臨まなければならないということです。


[本文]

経営コンサルタントの大坂靖彦さんのご著書、「中小企業のやってはいけない危険な経営」を拝読しました。同書で、大坂さんは、仕入先や協力会社に仕入値の値下げを強いることはしてはいけないと述べておられます。「売上に対する粗利(売上総利益)率は、わずかに変動するだけで、営業利益や純利益を大きく変動させます。そのため、粗利率を把握しコントロールすることは非常に重要です。そして多くの社長が、粗利率を上げるために、売価はそのままで原価を下げようとします。

しかし、そこで注意しなければならないのが、粗利率や粗利額を引き上げること自体は、経営の目的ではないという点です。ここで考え方が本末転倒となり、粗利率の改善(上昇)を目的のように捉えてしまうケースがよくあるのです。すると、経営の本義が損なわれ、会社の体力が奪われていってしまいます。原価は『固定原価』と『変動原価』とに分けられます。一般的に変動原価は、(1)仕入れた商品を販売する卸売業や小売業の場合、商品の仕入価格、(2)製造業や建設業の場合、原材料や資材の調達価格、(3)協力会社(外注先)への外注工賃などが当てはまります。

これらの変動原価について、自社が発注元であるため、仕入れ先や協力会社との力関係においては自社のほうが強く、価格引き下げ交渉が簡単なことのように感じられます。実際、その会社でしかできない特殊な技術を用いたサービスを受けているとか、特別な商品を仕入れているという場合は別として、通常の商品やサービスなら、『値下げしてくれないなら、他の会社から仕入れる』とか『次からは他社に業務を依頼する』といえば、相手企業は渋々受け入れる可能性が高いでしょう。

これはいわば『買い叩き』です。『買い叩き』が成功して、仕人価格や外注費を引き下げられれば、確かにその時点での粗利率は上がります。しかし、これは長期的に見れば必ず仕入れ先や外注先の離反を招きます。もしかすると、将来突然に『御社とはもう取引しない』といわれるかもしれません。それが繁忙期だったら非常に困ります。あるいは、価格を下げる代わりに、それまでは対応してくれた納期や納品数などについて柔軟な対応を断られるかもしれません。

粗利率は少し上がったけれど、以前のほうが柔軟に対応してもらえ融通が利いて良かったとか、作業の品質が高かったということになりかねないのです。最悪なのは、納品される商品や資材の品質が少しずつ粗悪なものになっていたり、工事などの作業で手抜きをされたりすることです。実際、大手ゼネコンの建築で、設計上の規定に合わない細さの鉄骨が使われていたといった二ュースはたびたび目にします。いずれにしても、目先の粗利率改善ばかりを考えていると、大切なものを失い会社が弱くなっていくのです。

仕入れ値の引き下げを求める代わりに、価格以外の納期や納品数の柔軟性、あるいは作業量や作業品質などでの対応を求めて、仕入れ先とウィン・ウィンの関係を築き続けるほうが、長期的には会社が強くなっていくはずです。その結果として、売価を上げることができるようになり、粗利率が上がっていけば、それが理想です。

古くから近江商人の間で語られてきた『三方良し』という言葉は、『売り手、買い手、世間』の三者すベてが満足するような商売を目指せという教えであり、自社だけにメリットがあるような関係を目指すことは、間違っているといういましめです。特に仕入れ先や協力会社については、自社が発注元であったとしても、それで偉いわけでも、上に立っているわけでもありません。あくまでも共に栄えるパートナーであり、仲間なのです。そこを勘違いして、仕入れ先や協力会社に、上から目線で偉そうな態度をとる会社がありますが、まったくの論外です。

私は、工事や配送を請け負ってくれる業者さんを『協業さん』と呼び、丁寧な対応をすることを全社員に徹底させていました。夏の暑い時期に運送会社のドライバーさんの荷待ち時間が生じたときなどは、応接室に通して、おしぼりや冷たい飲み物を出してくつろいでもらいました。そうやって、丁寧に接していれば、いざ何か突発的な事態が起こって無理をしてもらわなければならないようなときも『御社のためなら』と積極的に協力してくれるようになるのです。こういった関係の構築こそ、自社を強くする『三方良し』の極意です」(44ページ)

私がこれまで中小企業の事業改善をお手伝いしてきた経験から感じることは、多くの経営者の方は、「三方良しがよいことはわかっているけれど、自社製品を値下げしなければライバルに顧客を奪われるし、そうならないためにも自社も仕入先に値下げを要請しなければならないのが現実だ」と考えていると思います。そこで、価格競争に巻き込まれないようにするにはどうすればよいのかというと、価格以外の面で競争すればよいということになります。

ところが、価格以外の強みを持つことは、口で言うほど簡単ではないということも現実です。裏を返せば、価格競争をする会社は、価格意外の強みを持つという難しい課題を実践できないために、価格競争をするしかなくなっているということなのでしょう。ところが、中小企業は経営資源が相対的に少ないので、価格競争をすれば、すぐに大手に敗れてしまうことは明らかです。したがって、現在は、起業するということは、価格以外の面で競争力があるということが前提になっていると考えなければなりません。

ところで、先日、東洋経済オンラインに、「ミスタードーナツが赤字を脱するため、100円セールをやめた」という記事がありました。大手飲食チェーンであっても、価格競争を脱しようと努力をしています。繰り返しになりますが、価格以外の競争力を持つことは難しいですが、現在は、事業を継続するためには、自社の事業の魅力を高めることが必須と考えなければならないことも事実だと思います。

2025/10/10 No.3222