鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

地味な改善を地道に実践することが王道

[要旨]

日経BP社記者の神農将史さんによれば、大阪市のミシンメーカーのアックスヤマザキでは、ミシンの需要が低迷している中、短期的な売り上げや利益の拡大を追わず、粗利益率の低いOEM製品の整理や、台湾にあった自社専属工場の閉鎖などを優先課題として地道に進めた結果、粗利益率は2019年に36.4%、2020年に49%と回復させましたが、同社のように、よく知られている改善方法を地道に推し進めることこそ、最も確実な事業改善であるということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、日経BP社記者の神農将史さんのご著書、「後継ぎ経営者のための70点経営-地味な積み重ねが、人と利益を引き寄せる」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、神農さんによれば、京都府京都市の洋菓子店のロマンライフでは、10年間の計画に基づいて、2代目社長から3代目社長に事業承継が行われたそうですが、これは、2代目社長が創業社長から事業承継が行われた後も意見の対立が起き、それは事業の発展にも、従業員の士気にも悪影響が出ると考えたからということについて説明しました。

これに続いて、神農さんは、需要が先細りしていると言われる縫製用ミシンメーカーが業績を安定させた事例について述べておられます。「アックスヤマザキ(大阪市)というミシンメーカーの経営は、市場の停滞・縮小が続く日本において、中小企業が継続していくための、1つのモデルだと考えている。もちろん、どんどん事業を拡大して成長を目指す経営を否定はしない。ただ、このスタイルを突き進めば、国内で先行する大企業との競争、そして、その国内大企業さえも小兵扱いされる国際競争に挑み続けることを意味する。経営者はもちろん、会社に務めるすベての人が、この競争に参加しなければいけないわけではないだろう。

実際に、現在の経営戦略でも語られる『ランチェスター経営』や『池クジラ』といった考え方は、限られた市場で大企業に負けずに戦う、という思想が根底にある。これは裏を返せば、大企業のようにはならない、ということだ。『成長(規模拡大)しないことは後退である』とか、『成長(規模拡大)を目指さないなら経営者の資格はない』といった主張をする人は多い。しかし、私はそうは思わない。日本の各地で中小企業を経営し、拡大はしないながらも利益を出し、雇用を維持し、社会貢献をしている経営者に、経営者失格などと言えるはずがない。

そんなことを感じているときに、アックスヤマザキを知ることになった。私が最初に取材をしたときはコロナ禍の巣ごもり需要をつかんで新商品が大ヒット。売上高が前年比で2.5倍、営業利益率は5%に達していた。そして山崎一史代表はその時から、『成長は必ず止まる。明日には売れなくなるかもしれない』と私に話していた。私は、経営は多少の機会損失を受け入れてでも慎重であるベきだと考えるほうだ。そんな私でさえも、山崎代表の慎重さは少し度を越しているように見えた。

果たして、巣ごもり需要で息を吹き返したかに見えた国内のミシン市場は、あっという間にコ口ナ前よりも小さくなってしまった。さらに、円安が急速に進み、海外でミシンを生産するアックスヤマザキ仕入れコストは50%増しになったという。しかし、売リ上げを3割減らしても、リストラなどを一切せず、定期昇給も続け、営業利益率8.5%を維持している。(中略)アックスヤマザキは社員数8人、パートなどを入れても25人に満たないミシンメーカーだ。

2020年3月に発売した、ミシ初心者かつ子育て世帯に的を絞った『子育てにちょうどいいミシン』は1年間で5万台を超えるヒット商品となり、経済産業省の2020年度グッドデザイン賞でも金賞を受賞した。アックスヤマザキの好調は、先代から続く堅実な経営と、山崎一史代表が見せる新製品開発への執念が実を結んだ結果だ。日本縫製機械工業会財務省経産省の統計を基に推定するミシンの国内販売市場は、1995年で約159万台。そこから減少の一途で2019年には52万台と、3分の1程度まで落ち込んでいた。

国内生産台数も1970年前後には約400万台あったが、近年は5万台前後にとどまる(経産省『生産動態統計』による)。それが、2020年初頭からのコロナで一変した。マスク不足や巣ごもり需要などでミシンの需要が急増し、各社とも好調な売れ行きで、2020年は国内市場が118万台まで回復した。その中で、ひときわ大きな果実を手にしたのがアックスヤマザキだ。2020年12月期は前期比で売上高が2.5倍の10億円、営業利益は12.5倍の2億5,000万円となった。営業利益率は25%に達する。

好業積の背景には、2015年の社長就任後から続けてきた粗利益率改善を重視した堅実な経営がある。短期的な売り上げや利益の拡大を追わず、粗利益率の低いOEM(相手先プランドによる生産)製品の整理や、台湾にあった自社専属工場の閉鎖などを優先課題として地道に進めてきた。というのも、2015年の社長就任時は最大で1億円の赤字を出す可能性があるほど追い詰められていた。最終的には子供向けミシンのヒットで1,300万円の赤字で着地したものの粗利益率の低さは深刻で、2015年はわずか22%だった。

山崎代表は『OEMと自社の比率逆転』、『生産のファプレス化』など次々と手を打ち、粗利益率は2019年に36.4%、2020年に49%と回復させた。攻め手も打っている。それが、山崎代表自ら進める現場主義の製品開発だ。現場の声を自ら拾って製品に反映し、ヒットの確率を高めてきた。山崎代表の経営手法に斬新なものはない。一般的に有効とされる手法を地道に推し進めただけともいえる。それでいいのだ、とアックスヤマザキの取り組みは教えてくれる」(158ページ)

神農さんは、「山崎代表の経営手法に斬新なものはない、一般的に有効とされる手法を地道に推し進めただけともいえる」とご指摘しておられます。事業の改善手法は、何か、ウルトラCのような、派手な手法があると考える方は少なくないと思いますが、まず、採算の悪い部分を探し、その要因を改善するという活動を行うことだけでも、効果が得られます。また、仮に、ウルトラCのような改善方法があるとしても、まず、不採算の部分を改善する、すなわち、「止血」をすることは必須です。

いずれにしても、地道な活動だから効果は少ないと考えることは避けるべきだと思います。もうひとつ大切なことは、「山崎代表は『OEMと自社の比率逆転』、『生産のファプレス化』など次々と手を打ち、粗利益率は2019年に36.4%、2020年に49%と回復」しましたが、改善を要する部分がわかったら、その対策をきちんと行うということです。というのは、多くの会社で事業改善が進まない要因は、現状を維持しようとする慣性が働いているからだと私は考えています。

もちろん、ほとんどの方は事業を改善しなければならないと考えていますが、それでは、具体的に改善に着手しようとすると、心の深いところでは、現在のやり方を変えることはしたくないと感じており、なかなか新しいことができないということは、珍しくありません。しかし、山崎代表は、「OEMと自社の比率逆転」、「生産のファプレス化(自社は製品の企画・開発・設計などだけを行い、製品の実際の製造は他社の工場で行ってもらう手法)」など、改善のための活動を忠実に行っているのだと思います。これは、前述した通り、何か特別なことを実行するわけではなく、当たり前のことを着実に実践する実行力の問題だと思います。こうしてみると、アックスヤマザキの業績が高い要因は、基本的なことを着実に実行する能力に尽きるのではないでしょうか?

2025/10/8 No.3220