鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

円滑な事業承継のために計画を立てる

[要旨]

日経BP社記者の神農将史さんによれば、京都府京都市の洋菓子店のロマンライフでは、10年間の計画に基づいて、2代目社長から3代目社長に事業承継が行われたそうです。これは、2代目社長が創業社長から事業承継が行われた後も意見の対立が起き、それは事業の発展にも、従業員の士気にも悪影響が出ると考えたからだそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、日経BP社記者の神農将史さんのご著書、「後継ぎ経営者のための70点経営-地味な積み重ねが、人と利益を引き寄せる」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、神農さんによれば、カイゼン活動は、そもそもが製造現場から生まれた考え方なので、オフィスワークとは関係がないと考えられがちですが、例えば日報のような定型化された資料などはルーティン化されているので、効率のよい方法をマニュアル化して周知することで成果が上がるので、オフィスワークに対しても積極的にカイゼン活動を行うべきだということについて説明しました。

これに続いて、神農さんは、後継者育成を計画的に実施した会社の事例について述べておられます。「京都の洋菓子メーカー・ロマンライフは2023年、3代目に代替わリした。背景には、創業者である父との承継で苦しんだ2代目の準備が光っている。円滑な権限委讓、創業家の意思統一など15年に及ぷ計画の要諦を紹介しよう。志や事業に対する考え方を共有する後継者を育て、一族の合意の下で、権限をスムーズに譲り渡していく--。

京都で『マールプランシュ』という洋菓子ブランドを展開するロマンライフは、5年がかりの事業承継計画で、そんな理想的なバトンタッチを実現しようとしている。ロマソライフはコ口ナ禍で京都を訪れる人が減って2期連続の赤字に陥ったが、不断のカイゼン活動や商品開発が実を結び、23年7月期には経常利益が過去最高を記録。そして23年8月、それまで社長を務めた河内誠氏が会長となり、当時39歳の長男、河内優太朗氏に社長の椅子を譲った。

この社長交代を円滑に進めるために、誠氏は10年以上前から準備を進めてきた。ロマンライフの事業承継の柱は大きく4つある。1つ目はこの後紹介する『事業承継カレンダー』を作成し優太朗氏本人にいち早く共有したこと。2つ目は、数年にわたって経営の実務経験を積ませて、本人や関係する社員が仕事になじむための助走期間としたこと。3つ目は、社長交代に当たって感情のもつれを生じさせる可能性のある業務や権限の委讓について、事前に細かく決めて一覧にしたこと。

そして最後は、当人同士だけでなく、配偶者も含めた一族全員が同じ方向を向くために、『家族憲章』をつくり上げたことだ。誠氏は2013年、『10年後に社長を交代する』と優太朗氏に明言した。そして同時に、1枚の紙を見せた。それが『事業承継力レンダー』だ。カレンダーには、2024年7月期(交代は期初の2023年8月)に社長を引き継ぐ想定で、そこまでの10年間の親子の年齢、優太朗氏が就くベき役職、幹部候補生の具体的な氏名と年齢などが記されている。

そして、5年間の『2人代表体制』を経て、70歳で誠氏が代表権を返上する点も記載がある。このカレンダーの策定自体にも1年以上の時間をかけたという。誠氏がここまで密な準備をしたのは、自分が父(創業者の河内誠一氏)からの事業承継で悲しい経験をしたからにほかならない。1982年にロマンライフ(当時はロマンフーズ)に入社した誠氏は、現在の主力事業である洋菓子プランド『マールプランシュ』の本店店長などを経て、優太朗氏と同じ39歳で社長となった。

しかし、『父親のことは大好きだし、尊敬もしていたのに、仕事においては憎み合うような場面もあり、悲しい思いを随分した』という。衝突は10年ほどにも及んだ。代表権を持つ会長だった誠一氏とは意見の対立がたびたび起きた。激論を経てようやく決まった事柄を、誠氏の海外出張中にすベてひっくり返されていたこともある。『父との大変なやり取りを、息子とはやりたくない。会社や社員にとっても現社長と次期社長、会長と社長がいがみ合っているのは大変なマイナスになる』。そう痛感した誠氏はいくつもの備えをして、事業承継に臨んだ」(132ページ)

私がこれまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、ロマンライフの創業者の誠一氏から誠氏への事業承継のように、事業承継が揉める会社と、同社2代目の誠氏から優太朗氏への事業承継のように、事業承継が円滑に行われる会社は、前者が7~8割、後者が2~3割程度だと感じています。そして、事業承継が揉める会社であっても、社長を譲る立場の親の側も、事業を譲りたくないと考えている方はほとんどおらず、円滑に譲る方が望ましいと考えつつも、感情の面から揉めてしまうことが多いと、私は考えています。

冷静に考えれば、親子であっても、会社経営に関する考え方はまったく一緒になるわけではないので、事業を譲れば、自分のときと違った経営が行われることは当然なのですが、事業を譲る側がそれを受け入れることができるかどうかということに尽きるのだと思います。繰り返しになりますが、それを受け入れなければ、円滑な事業承継は行えないでしょう。また、事業を譲られた子が、事業を譲る親を慮って、親の考える通りに経営をすることもできないことはありません。

しかし、前述の通り、親子であっても別人なので、親の考える通りに子も考えることはほとんど不可能ですし、それができたとしても、それは親のコピー人間が経営を続けるということになり、真に事業承継をしたとは言えないでしょう。とはいえ、子に経営を任せる決断、これを言い換えれば、子に経営を譲って口を出さないというのも、難しいというのも事実だと思います。

親とすれば、自分が育ててきた会社が心配であったり、子に失敗をさせてくないと考えていたりするので、それを抑えることは難しいということも理解できます。しかし、早く子に独り立ちしてもらうためには、なるべく口を出さないことが望ましいと私は考えています。もちろん、経営を譲られた子も、正しい判断ができるとは限らず、失敗することはあるでしょう。でも、早晩、子は一人で判断をしなければならないわけですから、親は独り立ちを最優先させることが、両者にとって最も望ましいと思います。

2025/10/7 No.3219