鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

専門性プラスアルファの人材を育成する

[要旨]

日経BP社記者の神農将史さんによれば、岐阜県関市の機械要素部品メーカーの鍋屋パイテック会社は、20年前から、会社が指定した資格を取得すると毎月手当を出すという制度を導入しているそうですが、これは、1つの専門性だけだと便利屋になるだけなので、プラスアルファの能力を身に付けてもらうと唯一無二の人材になるという考え方によるものだということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、日経BP社記者の神農将史さんのご著書、「後継ぎ経営者のための70点経営-地味な積み重ねが、人と利益を引き寄せる」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、神農さんによれば、高知県高知市の自動車販売業のネッツトヨタ南国は、あらゆる場面で明確な基準やルールを設けないことで社員自らが考えるように促したり、評価も、管理職が「人を見る目を養う機会」と捉え、あえて曖昧さを残したりすることで、真に業績に貢献している人がよい処遇を受けることができるようにしているということについて説明しました。

これに続いて、神農さんは、従業員の方に資格取得を薦めることの効果について述べておられます。「鍋屋パイテック会社は岐阜県関市に本拠を構える1560年創業の機械要素部品メーカー。もともとは鍋や鐘などの鋳物を製造していた。そこから派生して機械に組み込むカップリングや特殊ねじなどを製造する。年商は2021年12月期で124億円。10年間で1.7倍に成長している。

年間休日は129日、平均残業時間は月9時間という健全な労働環境を誇る。鍋屋バイテックの成長と労働環境を支えている仕組みの1つが『マイスター制度』。導入して既に20年以上経過している。内容は、『会社が指定した資格を取得すると毎月手当を出す』というシンプルなものだ。自社の業務に直接的に役立つ資格に手当を出す会社は多く、これだけ読むと普通の取り組みに見える。

しかし、鍋屋バイテックのマイスター制度は、一般的な資格手当とは一線を画す。対象としている資格は全部で200種類を超えており、各資格で級や点数ごとに手当の金額が決まっている。(中略)マイスター制度導入の当初から、『育てたい人材像やスキルセットがあるわけではない。想像していない掛け算や組み合わせから生まれるものを大事にする』『1つの専門性だけだと便利屋になる。そこにプラスアルファがあると唯一無二の人材になる』という考えに基づいて運用されている。

岡本友二郎社長も、パートから役員まで、マイスター制度の活用を積極的に促している。だから、業務に直接的に関係ない資格の取得でも問題はない。さらに、社員だけでなく時給で働くパートにも全く同じ条件で手当を出す。取材時点において、マイスター制度で最も多く手当をもらっている社員は、開発系の部署に勤める男性だ。手当は月額6万5,1000円。年間78万1,200円になる。営業・中国語・経営戦略・貿易実務など開発とは縁がなさそうな資格が目立つ。(中略)

『中には、資格マニアのような従業員も出てくるし、そういう従業員が手当をたくさん得る、それでいい』とマイスター制度を管理する統括部(人事部に相当)の安井浩二部長代理(役職は取材時)は語る。(中略)マイスター制度があるメリットとして、社員が勉強を当たり前だと考える点がある。鍋屋バィテックでは、年に1度の上司と部下の面談で、『今年はこの資格に挑戦した、来年はどうしようか』といった話し合いが自然に起きる。従業員に継続的な成長を促す仕組みとして考えれば、手当に投じる費用は割に合うかもしれない。(中略)

人は、はっきりとした目標や期限がない中では努力を続けにくい生き物だ。努力の質や量も人それぞれで評価が難しい。だからこそ、頑張ったかどうかの客観的な指標を資格の合否とし、どの資格を目指すかの選択や、頑張るプロセスは当事者に任せる鍋屋バイテックのマイスター制度には、学ぶところが大いにあると感じる」(81ページ)

鍋屋パイテック会社の事例は、効果については理解できるけれど、資格手当に見合う利益が得られるのかという疑問を持つ方が多いと思います。これについては、私も、費用と効果の関係を明確にすることは難しいと考えています。そこで、関係が明確ではないから、実践すべきではないと考えることもできますが、鍋屋パイテック会社のような事例を見れば、むしろ、実践すべきだと、私は考えています。また、「人材投資」については、恐らく、多くの経営者の方が肯定的に考えていると思いますが、そもそも、人材投資についても、投資額と、それから得られる利益の関係も明確ではありません。

また、人材に関しては、費用と効果の関係を追求することそのものが適切ではないのかもしれません。その理由のひとつは、同社の岡本社長が、「1つの専門性だけだと便利屋になるが、そこにプラスアルファがあると唯一無二の人材になる」と述べておられるように、資質を高めることを狙っているわけですから、そもそも、費用と効果の関係を明確にはできません。もうひとつは、従業員の方に対して、会社が従業員を大切にしているという姿勢を表す効果があるということです。

もちろん、従業員を大切にするという姿勢の表し方はこれだけに限りませんが、資格取得の奨励は、従業員満足度を高めることと、従業員の能力を高めることの一石二鳥の効果を期待できます。いずれにしても、費用と効果の関係は明確にできないとしても、効果は間違いなくあるということです。さらに、現在は、会社の競争力を高めるためには、どこに注力すべきかというと、人材に限られつつあります。そうであれば、鍋屋パイテック会社の事例は大いに参考になるし、同社の業績が、その効果の強い証左となっていると思います。

2025/10/3 No.3215