[要旨]
日経BP社記者の神農将史さんによれば、中小企業が人事評価制度を導入しても、それを奏功させるには2つの課題があり、ひとつは、それを実践するための労力が大きいということと、もうひとつは、従業員のあるべき姿を示しても、評価する上司側が手本となることがなかなかできないという課題があるということです。
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今回も、前回に引き続き、日経BP社記者の神農将史さんのご著書、「後継ぎ経営者のための70点経営-地味な積み重ねが、人と利益を引き寄せる」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、神農さんによれば、横浜市の住宅リフォーム業のさくら住宅は、創業以来業績がよく、従業員への報酬が高額であることで知られていますが、同社は創業時から翌月1週目までにほぼ正確な月次決算を作成しており、これにより、経営者は業績を早く知ることがで迅速な改善活動ができるほか、従業員にも配布することで、能動的に業績向上に取り組むことができるようになっているということについて説明しました。
これに続いて、神農さんは、人事評価の方法について述べておられます。「あなたの会社はどうやって社員を評価しているだろうか。そしてその評価制度を、経営者もしくは後継ぎ予定者であるあなた自身がどの程度信じているだろうか。大企業も使ている仕組みだからと、良かれと思って運用していても、会社や経営者にもたらす価値は、実は少ないかもしれない。
『パートを含む1,000人以上の従業員、全員の顔と名前、前回どんな話をしたのか覚えている。それができなければ経営者としての資格がない』昔、とある経営者をインタビューした際に、こう明言されたことがある。当然この経営者は彼らの働きぶりを自身の目で見て、人となりや働きぶりを把握していた。彼は『経営者とレて最低限の能力』と断言していたものの、実際にこの基準を当てはめたら、退場を余儀なくされる経営者が大量に生まれる。その中には、名経営者としての実績が十分にある人も含まれるはずだ。
つまり、この経営者が持つ、特別な能力と言って差し支えないだろう。ただ、この人数が1,000人ではなく、50人や100人だったらどうだろうか。『それくらいなら覚えていて当然だな』と思う人の割合が増えるのではないか。筆者が記者やコンサルタントとして中小企業と接していると、社員数が100人未満の会社でも、それなりの割合で、外部から導入した評価制度を使っている。
多い場合は社員を20以上の等級に分け、そのすベてで報酬と『あるべき姿』を具体的に定めていた。その『あるべき姿』に到達するため、期初に目標を定め、期末には自身がどのような仕事をし、会社や部署にどのような貢献をしたか報告する。そして、来期に向けてより高い目標を掲げる。100人未満の社員数でこうした制度を採用していた経営者の方には、あるときから同じ質問をするようにしていた。『なぜこのような制度を入れているのですか』というものだ。
多少乱暴にまとめると、理由は大きく2つ。『部下をどのような軸で評価すベきか分からない』、『自身の裁量で評価するのは荷が勝ち過ぎる』というものだ。自身に対して謙虚であり、部下に対して誠実であろうとする人ほど、この傾向が強いと感じられた。そして、細かな評価制度を入れている会社で起きがちな問題も、大きく2つに絞られる。『従業員の作業時間の増加』、『評価制度や組織への不満の増大』の2つだ。
新たに導入すると当然、評価制度ヘの対応にかかる時間が、現場も管理職も増える。経営者自身もそうだ。評価対象者が増えていくため、役職が重い人ほど負担が増す。そうなると、業務時間を増やして対応するか、それ以外の業務の時間を短くするかしかない。前者は残業時間の増加につながり、後者は組織としての生産性や精度を儀牲にする。設備投資や業務手法そのものの改革などと違い、評価制度を追加しても、本業の実務時間が減る効果は期待できない。
そして、2つ目の問題のほうが深刻だ。評価制度が示す『あるベき姿』の実効性への不満はより本質的な問題で、対処が難しい。新入社員や若手を対象とした等級では、『挨拶をする』、『遅刻をしない』など、社会人の基礎ときれるような項目が並ぶ。それ自体はいい。問題は、上の等級にある人の中に、これらができていない社員がいる点だ。評価制度をつくり『これに沿って成長しないと昇格や昇給はない』というからには、その基準を満たせない人が高い等級にいるのはつじつまが合わない。
しかし、中小企業ではそのような人を次々と降格することは現実的ではない。ましてや解雇などもっての外だ。これらの課題は、地方に本社を構えている会社ほど顕著だろう。『簡単に解雇する会社』という評判が広がれば、地元でのビジネスや採用に大きな影響が出てしまう。その結果引き起されるのは、評価制度そのものへの徒労感だ。多くの時間や労力を割くにもかかわらず、評価制度とは関係ない理由で昇給や昇格が決まる。
そのような環境で現場は何をモチベーションに評価に取り組めばいいのか。もちろん、評価制度を徹底的に磨き込んで活用するという選択肢はある。覚悟を持って取り組めば、より優れた社員によい待遇と多くの権限を与えられるだろう。しかしその実現には、判断基準やプロセスの透明化と試行錯誤しかなく、『経営者や管理者が、言語化できない目利きで判断する』という行為との決別が必要だ。
中途半端が一番よくない。評価制度導入によるメリットを得られず、デメリットだけが発生するからだ。また、降格やそれに伴う退職が当たり前の会社になるのは避けられない。それが経営者にとって望ましい方向性でないなら、評価制度の運営に投じる作業負荷は、1件でも多く取引先を訪ねたり、社員で一緒に飲み会をしたりするほうに置き換えるほうがいいと、筆者は考えている」(50ページ)
神農さんは、評価制度の運用にかかる労力が大きいことをご指摘しておられます。では、評価制度は導入しない方がよいのかというと、私は、そう考えていません。評価制度は労力がかかりますが、それが会社の業績を高めるための活動なので、労力が大きいか小さいかという理由で導入するか導入しないかを決めることは、特に経営者や管理職レベルでは誤った考え方だと思います。
では、労力がなぜ大きいのに実践しなければならないのでしょうか?それは、現在は、組織活動の稚拙で業績が決まる時代だからです。かつては、製品を造れば売れた、商品を店頭に並べれば売れた、営業マンが(見込)顧客を訪問すれば売れたという時代がありました。そのような時代は、業績や年齢を基本に従業員の方を昇格させることで事業活動はうまくまわっていました。しかし、現在は、経営環境が複雑化し、より高度な人材が求められています。
ですから、まず、会社が「あるべき姿」を示し、従業員の方にそれに近づいていってもらうよう、経営者や管理職は部下たちを人事評価制度などを活用しながら育成していかなければならない時代になっています。そして、厳しい言い方ですが、それができない経営者の方や管理職の方は、自らの役割を果たしていないということになります。とはいえ、直ちに望ましい評価制度を運用できるのかというと、それも難しいということも現実でしょう。
しかし、経営者の方や管理職の方が、より誠実に自分たちを評価しようとしてくれているという姿勢が部下たちに伝わるだけでも、部下の方たちは、そのような上司に応えようとして士気を高めると思います。少なくとも、「人事評価制度は労力がかかるから、あまり力を入れて運用はしない」という方針の会社と比較すれば、人事評価に注力する会社の従業員の方が結束力も高く、事業活動の成果がよい方向に向かうことは間違いないと思います。
2025/10/1 No.3213
