鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

お客さまを育てワイン販売数が75倍に

[要旨]

ラクルひと・しくみ研究所代表の、小阪裕司さんによれば、新潟県の食品スーパーのエスマートの鈴木店長は、友人たちとの飲み会で美味しいワインを飲み、これなら売れるかもしれないと思い、そのワインを仕入れ、店頭で「ワイン初心者が飲むベきワインはこれ!」と発信したところ大人気になり、たった1銘柄で、1か月で30本以上が売れたそうです。その後も顧客の啓蒙活動を続け、品揃えも充実させ、年間販売本数は1,500本になったそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、オラクルひと・しくみ研究所代表の、小阪裕司さんのご著書、「顧客の数だけ、見ればいい-明日の不安から解放される、たった一つの経営指標」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、小阪さんによれば、やっかいなお客さんが増えている要因は、情報技術や人工知能の発展により、容易に答えを得ることができるようになったので、考えることをしなくり、考える力が劣化してきたため、すぐに答えが得られないと、イライラしたり爆発したりする、すなわち、人はより便利になると忍耐力が弱くなるからだと考えているということについて説明しました。

これに続いて、小阪さんは、お客さんを育てることの重要性について述べておられます。「一方、そういう問題とはまったく別種の、今日的な『お客さんの劣化』も起こっています。それは、『お客さんのリテラシー』の劣化です。『リテラシー』とは、デジタル大辞林によりますと、(1)読み書き能力、また、与えられた材料から必要な情報を引き出し、活用する能力、応用力、(2)特定の分野に関する知識や、活用する能力、とされますが、ここでは特に(1)に関することを指します。『価値あるもの』の『価値』を、感じたり、理解したりする能力が劣化しているのです。

それは、たとえばこういうことです。ある呉服店主が言うには、『最近のお客さんは、安い着物と高級な着物の違いがわからない』。なぜ、そんなことが起こるのかといえば、『情報が足りていないから』です。先の呉服店主も、『そういう方には少し時間をかけ、いい着物をたくさん見てもらい、いろいろなことを説明していくと、そのうち次第に見る目が養われていくと言いますが、『情報が足りない』とは、そういう機会が少ないということです。『この情報があふれ、簡単に手に入る時代に?』と思われるかもしれませんが、『だからこそ』です。

このような問題は今日しばしば警告が発せられており、『エコーチェンバー』とか『フィルターバプル』などの言葉を聞いたことのある方も多いと思います。また、世界中に星の数ほどの発信者がおり、SNSなどを通じて日夜大量の情報が発信されていますが、多くは専門家ではありません。そういう人たちが間違った情報を発信していることるありますが、現在の『情報の受け手』はそれをしばしば鵜呑みにしています。

一方で、いわゆる『専門家』と呼ばれる人たちの発信は不十分です。私は数十万人、百数十万人のフォロワーを持つユーチューバーやティックトッカーとお付き合いがありますが、彼らは発信について考えに考え、日々、それを行っています。それに比べると、専門家の多くは十分な発信をしていないと感します。これはネット上に限らず、たとえばビジネスを手がける専門家たちが日々、店頭やその他の顧客との接点で十分な情報を伝えているかというと、心もとない状況です。そうして、お客さんの『リテラシーの劣化』は進んでいきます。

しかし実は、ここに道があります。それは、『お客さんを育てる』という発想です。この発想でまさに顧客を増やしているのが、『エスマート』です。繰り返しになりますが、エスマートがあるのは、新潟の過疎地。しかも、まわりは本当に何もない田園地帯です。しかし、驚くことにこのスーパーの売り場には、少し前まで『ドンペリ』や『ルイロデレール』といった高級シャンパンも並んでいました。その理由は、まさにこの店が顧客を育てたからでした。

同店では以前、ワインは3か月に5本くらいしか売れず、ワイン売り場も小さなものでした。(同店店長の)鈴木さんはそのころ、高齢者が多い地域であることもあり、この地域の人はワインを飲む習慣がないのだと考えていたそうです。また鈴木さん自身、ワインに慣れ親しんでいないという事情もありました。店での販売にも力が入っていなかったのです。そんなある日、地元での友人たちとの飲み会で、飲みやすく美味しいワインに出合った鈴木さん。

ワイン初心者である自分は難しいうんちくは語れないが、『初心者にとっても美味しい』ことは語れる、『初心者の自分がはまっている』という情報なら発信できると思い立ちました。そこで早速このワインを仕入れ、店頭で『ワイン初心者が飲むベきワインはこれ!』と発信したところ大人気に。たった1銘柄で、1か月で30本以上が売れました。その後リビーターも増え、このワインはすっかり売れ筋商品となったのです。すると今度は、顧客の中に『初心者』ではない人が増えてきます。

そこで『次に飲むワインはこれ』と品揃えを拡充、自らもワインに詳しくなっていきます。それにつれ、ワイン売り場も大きくなっていき、高級ワインも品揃えされるようになりました。そうして1年が経つと、ワインは月に40本前後がコンスタントに売れるようになっていなっていました。3か月の売れ行きで比較すると、実に24倍です。さらに驚くことに現在は、年間およそ1,500本が売れると言います。なんと75倍です。そしてついには、ドンペリやルイ口デレールといった高級シャンパンが並ぶようになったのです。(現在は価格高騰・入手困難のため並んでいません)

これは、『ワイン』というジャンルにおいて、まさに『お客さんを育てて、顧客数を増やし、売上を増やした』ということです。しかもこの取り組みが証明してくれているのは、その商品をまったく利用していなかったお客さんでも、『育てる』ことは可能であるということです。同店ではこのような営みがすベての商品ジャンルにおいて行われています」(261ページ)

お客さんを育てる活動を実践している会社の割合は低いと思いますが、その事例は決して少なくないと思います。そのような会社の中で私が思い浮かべる事例は、文具用マスキングテープを製造している、カモ井加工紙です。きっかけは、2006年8月に、同社の工場を見学させて欲しいという依頼をしてきた3人のマスキングテープマニアの女性ですが、その後、同社では、アートの素材としてのマスキングテープを2008年に商品化し、「マスキングテープの本」を発刊して消費者を啓蒙していった結果、2008年度の販売額は3億円を軽く超えたそうです。

ただし、このような「新しい需要」の発見は、コロンブスのたまごのような側面があり、発見されるとその需要の蓋然性は高いように感じられるものの、発見されるまではなかなか発見されにくいものです。したがって、経営者の方は、エスマートの鈴木店長のように、新しい需要となりそうなものを発見するためのアンテナを常に高く立てておくことが大切だと、私は考えています。

2025/9/28 No.3210