[要旨]
オラクルひと・しくみ研究所代表の、小阪裕司さんによれば、福島県いわき市にある文具店のパビルスでは毎年、「ペンへの名入れキャンペーン」を行ってきましたが、ある年、その受付をネットなどで行うことをやめ、店頭のみにするという、店にとっても顧客にとっても不便な方法にしましたが、店主は、顧客に直接店に来てもらうことでペンそのものへのアドバイスもできるし、名入れの書体も相談できると考えており、それを実践した結果、顧客単価が上昇し、売上が前年の2倍になったということです。
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今回も、前回に引き続き、オラクルひと・しくみ研究所代表の、小阪裕司さんのご著書、「顧客の数だけ、見ればいい-明日の不安から解放される、たった一つの経営指標」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、小阪さんによれば、愛知県にある健康食品等の通信販売をしているファインエイドでは、受注業務をRPAで80%省力化し、その余力を、顧客あての手紙を書くことで、関係強化を図っているそうですが、このように、中小企業では情報化武装をする場合、「顧客づくり」を目的とすることが大切だということについて説明しました。
これに続いて、小阪さんは、通信販売をやめて、対面販売だけにしたところ、売上が2倍になった文房具店について述べておられます。「福島県いわき市にある文具店『渡辺文具店・パピルス』。この店はユニークな店づくりで、県外からも顧客が訪れる人気店です。パピルスでは毎年、『ペンへの名入れキャンペーン』というものをやっているのですが、ある年、その受付をネットや電話、ファックスなどではなく『店頭のみ』にしました。同店ではLINEを使った顧客管理を行っているので、オンライン上で注文を集めることも可能でした。
しかし、そうはせずにあえて『対面のみ』を選んだのです。極めて非効率な話で、しかも、お客さんにとっても不便なのではないかと思ってしまいます。しかし、店主の渡邉寛之・瞳夫妻は『直接店に来てもらうことでペンそのものへのアドバイスもできるし、名入れの書体も相談できる。お客さんにとってはそのほうが親切なのではないか』と考えたのです。結果、どうなったか。店頭受付のみ、しかも、例年より販売期間も短かったにもかかわらず、前年比で2倍の売上になりました。顧客が変わらず来店してくれたことに加えて、実際に店頭で相談した結果、より良いサービスを選ぶ人が多かった(単価が上昇した)ことも、その理由の一つでした。
顧客を惹きつける三つの非効率、その1はこの『リアルにこだわる』です。前にも述ベましたが、顧客はその会社や店とコミュニケーションを取ることに喜びを感じます。つまり、顧客にとっては『来店しなくてはいけない』という非効率は、むしろ来店する絶好の機会になる。一方、店側も売るだけならネットを介した受付方法や通販にしたほうが効率良く、リアルにこだわることは非効率なのですが、リアルでしか提供できない体験価値、その面白さを提供できるということです。
パピルスでは最近、店内にカフェをオープンさせましたが、そこには店内の文具を使って楽しめるさまざまな工夫があったり、『パピルスからの挑戦状』と題したパズルが置いてあったりと、体験価値と面白さに重点を置くとともに、『また行きたい』の気持ちを生むことを意図しています。一方でITも活用しており、LINEのシステムを使ったポイントカードを導入しています。
ただ、ここでもユ二ークなのは、店内に『VIP GUEST ONLY』と書かれた特別な『鍵付き文房具棚』を用意していて、ポイントを貯めてある程度のランクに到達した人だけがここの文房具棚を開けていい、というリアルな体験価値と面白さにこだわった特典を用意していることです。
また、先ほどパピルスには県外からも顧客が来ると言いましたが、今やそれは『海外』にまで広がっています。先日はノルウェー人アーティストがやってきて、ペンを買っていったそうです。そのペンは日本では汎用品ですが、ノルウェーではガラスケースに入れて飾られるような一品とのことです。さらに、スペイン人留学生がわざわざ仙台からレンタカーを借りて、3時間近くかけてやってくることもあるそうです。
ちなみにそのスペイン人留学生は、パピルスのやっているインスタグラムを見てやってきてくれたそうですが、店主が、『仙台にはもっと大きな店があるでしょう』と言うと、その留学生は、こう答えました。『仙台には大きな店はあるけれど、面白い店はない』これはパピルスに限らず、近年、会員企業のお店が、見知らぬ遠方からの来店客からよく言われている言葉です。ひとたび『面白い店』に出合った人たちは、その『顧客』になっていくのです」(222ページ)
パピルスは、まさに顧客体験価値(CX)を提供しているのではないかと私は考えています。単に、ペンを売るだけならば、店頭だけでなく、通信販売を行うべきです。しかし、CXを提供するのであれば、通信販売ではそれを実践できないわけですから、販売は相対だけに限ることが適切ということになります。同店の売上(顧客単価)が上昇したのは、販売活動に割く労力を相対に絞ったことが大きな要因と言えるでしょう。私は、同店に似た事例は、ラーメン二郎だと思っています。ラーメン二郎は、店舗内の席数をあえて少なくして、店の外に入店待ちの行列を作らせたり、注文方法は「通」でないとできない方法にしており、あえて「不便」にしています。
しかし、「二郎ファン(ジロリアン)」は、ラーメン二郎が、もし、いつ行っても待たずにラーメンを提供してもらえたり、注文も初めて来店した人でも注文しやすいよう、タブレットで注文できるようになっていたりするなど、「不便」を解消したら、かえって満足度が減るのではないかと思います。話を戻すと、これからは、パピルスのような地方の規模の小さい会社は、CXを提供することでビジネスチャンスが広がります。パピルスに仙台や海外から顧客が来ることがその例です。もちろん、CXの提供は頭で考えるほど容易ではないことも事実ですが、もの余りの時代はCXの提供によって大企業との差別化がかつてより容易になっていると私は考えています。
2025/9/23 No.3205
