鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

『おしゃべり』をして解約率を1%に

[要旨]

ラクルひと・しくみ研究所代表の、小阪裕司さんによれば、千葉県で玄関マットのレンタルなどを行っているロマン産業では、ある営業マンが解約率が低かったので、社長がその要因を調べたところ、顧客と「おしゃべり」をしていたということがわかり、他の営業マンにもおしゃべりをしてもらえるよう、営業マンを増員し、1人あたりの訪問先数を2割減らしたところ、解約率が1%まで減少し、さらに値上げをしても顧客が減らなかったことから、同社の売上は増加するようになったということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、オラクルひと・しくみ研究所代表の、小阪裕司さんのご著書、「顧客の数だけ、見ればいい-明日の不安から解放される、たった一つの経営指標」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、小阪さんによれば、福井県の宝木石材では、業界の慣習で顧客リストをつくっていなかったものの、「顧客を増やす」ことの重要性を認識し、過去に遡って顧客リストを作成し、イベントなどを開いて自社に共感してくれる人を増やしていった結果、これまで同社と取引をしてくれた人から、墓石購入を希望する知人を紹介してもらえるようになり、業績を伸ばしているそうです。

これに続いて、小阪さんは、新規顧客獲得よりも、既存顧客の維持に注力すべきということについて述べておられます。「千葉県松戸市のロマン産業。業務内容は、店舗やオフィスなどの清掃事業や玄関マットなどのレンタル、オフィスや個人宅への水の宅配です。そんな同社での、法人顧客とのお話です。

同社では、契約先の店舗やオフィスの清掃を、ルートを決めて社員が巡回しています。レンタルマットの交換や、水の補充、さまざまな注文への対応なども、このルートでの仕事です。こうした仕事の場合、1ルート当たりで回ることのできる件数は限られます。配送には人もも必要なため、このようなビジネスを営んでいる会社では、いかにこのルート効率を良くするかに頭を使っています。

つまり、1ルート当たりいかに多くのお客さんを回れるかです。ところが同社はある時、それと真逆のことを行いました。『1ルート当たりに回る件数を2割減らす』という決断をしたのです。つまり、あえて非効率なほうに舵を切ったのです。会社全体として回る件数が変わるわけではありませんので、新しい車や人員も必要になります。実際、車を1台購入し新たに人も雇ったため、より多くのコストがかかりました。

なぜそのような、業界常識に反する非効率なことをしたのでしょうか。その理由は、『顧客との会話の時間を増やすため』でした。効率を落として顧客を増やすそれには、あるきっかけがありました。顧客の解約が際立って少ないあるルート担当社員がおり、(社長の)小山さんが他の担当者とどこが違うのかを調ベると、顧客と『おしゃベり』をしていることがわかりました。

同社では、ルート回りの際に新たな商品を顧客にお薦めすることもありますが、この担当者はその販売成績も良かった。聞くとやはり、理由はおしゃベり。その合間に『ちょっと今日宣伝したいものがあるんですけど』と切り出すと、『ああ、何?聞くよ』となり、スムーズに買ってもらえる。『これ買うと、あなたの成績になるんだよね』と積極的に買ってくれる方も少なくないとのことでした。

では、どの社員も顧客とおしゃベりをすればいいのではないか---小山さんはそう考えたのですが、今は効率を考え配送数を目いっばいにしている。そこにこのような指示をしても、多くの社員は『余裕がなくてできません』となるのではないか。実際、社員数名に訊いてみたところ、その通りの答えが返ってきました。そこで『1ルート当たりの件数2割減』という『非効率な』施策を実行したのです。しかも、社員を送り出す際には、こう声をかけることにしました。『お客さんとしゃベっておいで』

それが、どういう効果をもたらしたでしょうか。解約率が通常1割、悪いと2割を上回ることもあるというこの業界で、解約率は『たった1%』という、業界常識では考えられない水準にまで下がったのです。ロマン産業のようなタイプのビジネスでは、相手から『解約』と言われない限り清掃やレンタル品の交換、水の補充などを行い続け、売上が安定することになります。世に言う『サプスクリプションモデル』に近いビジネスです。

こういうビジネスを営む会社にとって最も大事なのは、いかに離脱率を下げるか』です。離脱率が下がることで顧客は増加し、売上も上がることになるからです。しかもロマン産業では、その後大幅に値上げしたにもかかわらず、値上げ後の解約もほとんどないそうです。離脱しない顧客によって、売上は上がり続けています」(204)ページ

私が、かつて、地方銀行に勤務していたときのことですが、いわゆる「山一ショック」がきっかけで、少なくない数の銀行に信用不安が怒りました。私が勤務していた地方銀行もそのうちのひとつだったのですが、「銀行が倒産するのではないか」という不安をもった多くの預金者が預金を引き出しました。1年間で減少した預金額は、金額では約3,000億円、割合では6%強でした。

本旨からそれますが、銀行が倒産したときに、預金を保護する預金保険は、当時は預金額全額(外貨預金等を除く)が保護されていた(現在は、1,000万円まで)ので、急いで引き出しをせず、満期日を待って引き出す方が賢明だと思うのですが、不安をなくしたいという預金者の方が預金を引き出したのだと思います。話を戻すと、信用不安によって預金を引き出した人は決して少なくなかったわけですが、一方で、落ち着いた行動をしている人の方が私の肌感覚ではもっと多かったと思います。

そのような方は、前述した預金保険の知識があったという面もありましたが、私のような渉外担当の銀行職員が定期的に接触していた預金者の方は、預金取引を続けてくれていました。中には、私に電話をしてきて、「おたくの銀行はいま騒ぎになっているけれど、普段から君と話をしていて、取引を続けても大丈夫だと思っている」と伝えてくださる方もいました。このようなことから、顧客と顔を向けて接触することは重要だと、私も自分の経験から感じています。

とはいえ、経営者の立場としては、事業活動の効率性も気になるところです。これは、私の想像ですが、ロマン産業の小山さんが、あえて非効率な経営を実践しようとしたときは、余程の覚悟をしたのではないかと思います。そこで、ルートセールスのような業種では、全体のアシスタント的な従業員の方を加えて、営業活動の従業員の方の事務作業などを集中的に引き受けることで、営業活動に割く時間を増やすという工夫から始めるという方法もあると思います。

話を本題に戻すと、効率化を高めすぎるとかえって顧客との関係が希薄になってしまうので、適切な関係を維持できる配慮が大切ということでしょう。そして、それがうまく行けば、値上げをしても顧客が離れにくくなり、結果として売上が増加するという可能性は決して低くないと、私も考えています。

2025/9/21 No.3203