[要旨]
会員制ヘアサロン、ルパッチインターナショナルのオーナーの中谷嘉孝さんは、かつて、顧客にDMを出すなどの販売促進活動を行い、それが一時的に奏功したものの、あるロイヤルカスタマーがそれを評価していないということを知り、DMなどを止めてみたところ、かえって業績が向上したことから、中谷さんは、セオリー通りの販売促進策が自分の目を曇らせていたということに気づいたそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ヘアサロン、ルパッチインターナショナルのオーナーの中谷嘉孝さんのご著書、「リピート率90%超!あの小さなお店が儲かり続ける理由」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、中谷さんさんによれば、中谷さんのように技術をウリにする職種が属する産業は、教育産業と考えなければならず、なぜなら、プロとしてはあたりまえの専門知識を、素人であるお客樣にわかりやすく伝え、正しい知識をお客様に植えつけていくことは、絶対的な信頼を生み出すからだということについて説明しました。
これに続いて、中谷さんは、顧客に送る手紙やメールの効果は限定的ということについて述べておられます。というのは、中谷さんは、毎月、ニュースレターを送ったり、誕生日にプレゼントをしたりした結果、顧客のリピート率が60%を超えるなど、業績を高めていったのですが、ある時、ロイヤルカスタマーから、中谷さんから送られてくるメールについて、直に、「キモい」と言われ、それまでの販売促進活動を見直すことになったということです。
「勉強嫌いが高じて職人の道を選んだにもかかわらず、経営者として生き残るために、大量のビジネス本を必死に読みあさり、夜な夜な経営セミナーに繰り出しては古今東西のマーケティングテクニックを身につけた。多大なコストと労力を費やし、時にはひとり閉店後のお店に残って、お客様にメールや葉書を書き続けた。そんな僕の努力は、常連であるそのお客様の目にキモい行動として映っていたのである。しかも、あろうことかそのお客様は、うちの店でも1、2を争うロイヤルカスタマーだったのだからこれまたタチが悪い。
マメであることこそ、起死回生の王道マーケティング!と疑うことなく声高に叫んでいた僕は、急に超ド級のいたたまれなさに襲われた。その日の衝撃にすっかり凹んでしまった僕は、DM作成や二ュースレターをサポる理由を得てしまった。『キモいなんて言われるくらいなら、やめちゃえばいいんだ……』僅かな後ろめたさを感じながらも、まるで幼少の頃の自分に戻ったような解放感を味わった。そして約2カ月もの間、僕はすベてのマメな作業を完全に放棄し、いつしか腕一本で勝負する職人に戻っていたのである。
さて、ここからが面白い。つい先日まで、小手先のマーケティングにどっぷり頼りきっていたお店は、さぞかし地に陥ったことだと誰もが想像するだろう。ところが、こともあろうに儲かってしまったのだ。当然、客足は落ちた。が、しかし、足が遠のいたのはフレンドリーさやアットホームさを求めて来店していた薄くライトな客層で、その空いた隙間をどんどん上質客が埋めていった。そんな不思議な現象が起こっていたのだ。後にデータを検証してみてわかったのだが、小手先のマーケティングで集客したお客の大半は、長居して様々な要望、不平不満をこぼす割には意外にお金を落とさないタイプの客層だったのである。
算数もろくにできない僕が言うのもおかしいが、数字はウソをつかない。その現実に味を占めた僕は開き直ってお客様を選り好みした。すると困ったことにますます業績が伸びてしまったのだ。まさに『今までの苦労って何?』という話である。さて、『なぜ儲かってしまうという現象が起こったのか?』。この疑問については後でじっくり解明していくとして、ざっくり分析すると、“曇った眼鏡を外してみたら、純粹に価値で繋がっている上質なお客様だけがクリアに見えた”ということだろう。
誤解しないでいただきたいのだが、基本的な接客レベルが必要ないという意味では絶対にない。かつて人生最大の地に陥った僕の店の危機を救ったのは、人の心に真摯に向き合う姿勢をおいて他にはなかったし、常にお客様の心を動かすドラマづくりを考えずして、すベてのサービス業は成り立たないのである。これまで僕は鳴かないホトトギスを鳴かせるためにあの手この手を考えていた。それがマーケティングのセオリーではあるものの、結果的に僕の目を曇らせていたのである」(77ページ)
中谷さんが、かつて実践していたDMなどによる顧客関係強化策は、正解だったのか、不正解だったのかを評価することは、少し難しいと、私は考えています。というのは、結果として不正解だったわけですが、しかし、それを実践しなければ、ロイヤルカスタマーが本当に求めているものが分からなかったとも言えます。だからこそ、事業を改善しようとするときは、「打率10割」を目指すのではなく、「打率3割」という前提で実践しなければならないと、私は考えています。
ただ、経営者の方の多くは、成功している会社が世の中にたくさんあるのだから、自社もそれを見習うことで、失敗を避けられると考えてしまいがちですし、私もその気持ちは理解できます。しかし、実は、成功している会社も、経営者が成功要因を語ることはあっても、それは成功してから言えることであって、成功するまでは、自社の活動が成功すると分かっていたわけではありませんし、また、成功するまでに何度も失敗をしているはずです。
また、他社の成功事例は自社の改善活動に役立つことに間違いはありませんが、厳密には、他社と自社の経営環境(外部環境と内部環境の両方)はまったく同じということはないので、他社の成功事例を真似ただけでは成功しないこともあります。ですから、前述のように、改善活動の成功率は10割にはならないという前提で、実践と検証を迅速に繰り返すことが成功への最短の方法であると、私は考えています。また、中谷さんは、「(顧客にDMを送るなどの手法は)マーケティングのセオリーではあるものの、結果的に僕の目を曇らせていた」と述べておられます。
これについては、前述の通り、正解か不正解かを述べることは難しわけですが、少なくとも、100%の正解はないという前提で実践することが望ましいと、私は考えています。これは結果論になりますが、もし、中谷さんのDMを、ロイヤルカスタマーの方が「キモい」と中谷さんに伝えていなかったら、中谷さんはDMなどが最良の販売促進策と考え続けていた可能性があります。また、現在は正解でも、経営環境が変われば不正解になるということもあります。したがって、いったんうまくいった手法にずっと安住せずに、常に改善を試みるという姿勢も欠かせないでしょう。
2025/9/2 No.3184
