鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

差別化戦略はひとつに絞り込む

[要旨]

中小企業診断士の佐藤義典さんによれば、「手軽軸」、「商品軸」、「密着軸」の差別化戦略を実践するときには、いずれかひとつに絞り込まなければ、価値の高いベネフィットを提供できなくなるので注意が必要ということです。また、差別化戦略をひとつに絞り込んだ際も、採用していない2つの差別化戦略の観点から見ても、平均以上の価値を提供できなければならないということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、中小企業診断士の佐藤義典さんのご著書、「ドリルを売るには穴を売れ」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、佐藤さんによれば、差別化戦略には、「手軽にすませたい」というベネフィットに応じる「手軽軸」、「良い商品やサービス」で差別化をする「商品軸」、顧客に密着する「密着軸」の3つがあるということについて説明しました。

これに続いて、佐藤さんは、自社が差別化戦略を実践するときは、3つの差別化戦略のいずれかに絞り込まなければならないということについて述べておられます。「この3つの差別化軸のうち、どの戦略を採用するかというのは非常に大きな決断になる。なぜなら、この軸に沿って経営の多くの要素が決まるからだ。手軽軸を採用するなら、価格で提供するために効率性が非常に重要になり、必然的に規模の経済が効く大量生産を志向する。マクドナルドやファミリーレストランなどがその典型で、チェーン化して薄利多売のビジネスモデルを取ることが多い。組織も効率的な中央集権型になる。

商品軸にするなら、例えばメーカーの場合、画期的な商品を開発するエンジニアやスタッフが重要になる。そして組織の創造性を高めるために、自由な雰囲気を重視する。(これは効率性とは相いれない)そのような人員を大量に育てることは難しいので、少数精鋭型の組織になる。密着軸にするなら、例えばメーカーの場合、顧客との関係を築いてその声を吸い上げることが必要になる。エンジニアの意見より顧客の意見が重視されるため、エンジニアが作りたいモノをつくるのではなく、顧客が欲しいモノを作る、という雰囲気になる。だから、顧客との接点である営業パーソンは最高に優秀でなければならない。

このように、どの差別化戦略を採用するかということは、マーケティングはもちろん、人事・組織など、経営全体に関わる非常に重要な選択なのだ。ひとつの会社で、この3つの差別化戦略すベてを行うことは不可能と断言してもいい。少なくとも、長期的に3つの軸すベてにおいてトップでいることはまず無理だろう。単純に考えても、大量生産やチェーン化を志向する手軽軸と、贅の限りを尽くした商品軸とが、人や組織、仕入れ、顧客、などで相いれないことは容易に想像がつくだろう。また、よほどの大企業でも人やモノ、カネ、すベての経営資源が有限だ。

ましてや、中小企業においては、人、モノ、カネのすベてが貴重な資源だから、有幼に使わなければならない。そのためには、差別化軸を絞り、どこかひとつで必ず勝てる、という状態にするのだ。したがって差別化を図る際には、通常はひとつに絞る。最悪なのは、3つすベてで中途半端という『中途半端のワナ』だ。特長のない店というのは選ばれない。卑近な話では芸能人やタレントがそうだが、いわゆる無難な人というのはたとえ美男美女でもあまり生き残っていない。いろいろな意味で特徴的な人、いわゆる『キャラが立っている人』が生き残っている。

会社にも際立った個性が重要であり、それが差別化ポイントになる。もちろん、その『際立った個性』が、顧客にとって価値が高いときに選んでもらえるのだ。ここで気をつけなければいけないのは、ある軸に特化したとしても、他の軸でも平均以上の価値を提供しなければいけないということだ。どんなに安くて早くても(手軽軸)味がひどい(商品軸)ラーメン屋には行かないだろう。どんなにおいしてくても(商品軸)、店員の態度が劣悪(密着軸)な店には行きたくないだろう。どの軸でも平均以上の価値を提供したうえで、ひとつかふたつの軸で差別化する必要があるのだ」(113ページ)

佐藤さんは、恐らく、規模の大きい会社を前提にして、差別化戦略を絞り込むことを説明しておられると思いますが、中小企業は、比較的、経営資源が少ないために、必然的に差別化戦略に限定されてくると思います。また、どの差別化戦略を選ぶかということについても、仮に、3つの戦略のどれを選ぶかということを先に考えるとしても、経営環境(外部環境と内部環境)、特に、内部環境に成約されるので、結局、中小企業では多くの経営資源を必要とする手軽軸の選択は難しくなると思います。

ちなみに、私が(私だけではないと思いますが)事業改善のお手伝いをする場合は、経営戦略の選択を行う前に、環境分析を行い、それに適した経営戦略を選択するという手順を提案します。次に、佐藤さんは、「中途半端のワナ」に陥ってはならないとご指摘しておられますが、私も、これに注意すべきだと考えています。理屈では分かっていても、中小企業経営者の方は、顧客を絞り込むことは、対象顧客を減らすことであり、そのことは売上を減少させると考えてしまうようです。しかし、このような考え方は、高度経済成長時代の考え方です。現在は、ベネフィットを提供しなければ商品は売れないので、それは万人受けする商品では実現できません。

例えば、かつては好業績をあげていた百貨店が業績不振になったのは、万人受けする商法を採用しているからです。(話がそれますが、三越伊勢丹グループの業績が回復したのは、マスマーケティングではなく、ワン・トゥ・ワンマーケティングに切り替えたからであり、かつての商法とは真逆の手法に切り替えたからと言えます)もし、顧客数を減らしたくないため、複数の差別化戦略を実践したいと考えるのであれば、3つの差別化戦略ごとに店舗をつくるという方法が妥当でしょう。繰り返しになりますが、価値の高いベネフィットを提供するためには、差別化戦略も絞り込む必要があるということに注意が必要です。

2025/8/5 No.3156