[要旨]
中小企業診断士の佐藤義典さんによれば、ハンバーガー市場に占めるマクドナルドの市場占有率は約70%ですが、同社は、牛丼店、立ち食いそば店、弁当店、コンビニエンスストアとも競合しており、価格競争に陥りやすくなっているため、価格以外の差別化を行うことが大切ということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、中小企業診断士の佐藤義典さんのご著書、「ドリルを売るには穴を売れ」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、佐藤さんによれば、べネフィットとは顧客にとっての価値であり、その価値とは要するに人間の欲求、欲望であり、その欲求については、生存欲求、社会欲求、自己欲求の3つがあると捉え、これらに応える製品を開発することが生み出す価値を増やす鍵になるということについて説明しました。
これに続いて、佐藤さんは、自社の競合相手は同業者とは限らないということについて述べておられます。「第1章では顧客にとっての価値である『ベネフィット』を、第2章では顧客によって求めるベネフィットが違うので『セグメンテーション』で分けて狙いをつける(ターゲット)という流れで説明してきた。これで、『自分が狙った顧客の求めるベネフィットを提供する』ための下地が整ったことになる。
しかし、まだこれでもあなたの商品が売れるとは限らない。なぜかといえば、売りたいと考えているのはあなただけではなく、競合他社もあなたと同じように顧客の求めるベネフィットを提供しているからだ。もし競合がいなければ、顧客にとっての選択肢はあなたの商品しかないので、差別化する必要はない。自分の作ったものが顧客に価値を提供できていれば、それだけで売れるからだ。
しかし、実際には『差別化』が必要になる。突然だが、あなたは『マクドナルド』のシェア(市場占有率)はどれくらいだとお思いになるだろうか?考えてみていただきたい。おそらく、あなたのアタマには数十%という数字が浮かんだのではないだろうか?実際には、ハンバーガー市場におけるマクドナルドのシェア(2005年)は庄倒的で、70.1%にも上る。
しかし、これはあくまで『ハンバーガー市場』におけるシェアである。マクドナルドの競合は、モスパーガー、ロッテリア、フレッシュネスバーガーなどのハンバーガーチェーン各社だけだろうか?実際にはそんなことはなく、ファストフードとしては牛井屋や立ち食いそば屋などと競合するだろうし、おしゃベりの場所としては、カフェチェーンなどと競合するだろう。また、テイクアウトフードとしては、コンビニや弁当屋と競合する。マクドナルドは、ハンバーガー各社だけと競合しているわけではないのだ。
これは、あなたが『マクドナルドに行く場面』を想像してみれば容易にわかる。『食事を早くすませたいので、マクドナルドと吉野家のどちらに行こうか』と考えることもあれば、『子供を連れて行くならマクドナルドとファミレスのどちらがいいか』と考えることもあるだろう。売り手は業界のライバルを意識していても、顧客は『ハンパーガー業界』にこだわっているわけではない。自分の求める欲求を満たすことができれば、顧客にとって業界の垣根などどうでもよいことなのだ。
顧客が求める価値がそれほど多様ではなく、三種の神器と呼ばれる『テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫』をみんなが買い求めていた時代には、競争は『テレビ業界』、『洗濯機業界』、『冷蔵庫業界』という固定的な産業で起きていたかもしれない。しかし今の日本は違う。モノがあふれ、ひと通りの必需品はみんな持っている現代の競合は、産業の垣根を越えて起きる。ボーナスの使い道として、『投資信託』と『自動車の頭金』と『液晶テレビ』が競合する。そしてマクドナルドは、吉野家、セプンイレプン、ドトールなどと同時に競合するのだ。
すると、『シェア70.1%』という数字の根拠となる、『ハンバーガー市場』という前提がそもそもおかしいことがわかるだろう。現在は、談合などの特殊な場合をのぞいて、すベてのビジネスや商品、サービスに競合が存在し、『顧客にとっての価値』を提供すベく相争っている。競合がいて売っている商品が同じようなものであれば、通常は安い方が選ばれる。差別化されていない、あるいは差別化しにくい業界では価格競争が起きやすいのだ。例えば、電話業界では、2001年1月から始まった『マイライン』を巡る価格競争が起きた。
インターネット接続では、ADSL接続サービスでやはり価格競争が起きた。電話やインターネット接続では、提供される商品の差がわかりにくいため、価格が差別化要因となってしまうのだ。価格競争は買い手には福音だが、売り手には疲弊をもたらす。賃金カット、長時間労働、中国への生産移転など、そこで働く従業員にあまり良いことは起きない。買い手も売り手も幸せでなければならないと思うし、そうでなければその関係は長統きしない。だから、価格以外の要因で差別化を行った方がよい」(108ページ)
佐藤さんの、「モノがあふれ、ひと通りの必需品はみんな持っている現代の競合は、産業の垣根を越えて起きる」というご指摘は、ほとんどの方がご理解されると思います。しかし、実際には、自社の競合相手を誤って判断してしまう会社は少なくないようです。そのような会社は、近視眼的経営(マーケティングマイオピア)に陥っていると言えます。
近視眼的経営とは、ドイツ生まれの米国人経済学者の、セオドア・レビットが、1960年に提唱した考え方です。レビットは、当時、発表した論文の中で、「自動車や航空機などの進展によって衰退へと追いやられた鉄道会社は、人や物を目的地に運ぶことと捉えず、車両を動かすことを自らの使命と定義したことが衰退の要因である」と指摘しています。これは、鉄道会社が、事業ドメイン(事業領域)を「車両を動かすこと」と、狭い範囲で定義していたため、「人や物を目的地に運ぶこと」という適切な事業ドメインを設定していなかったことが問題点であると言えます。
ちなみに、日本を代表する鉄道会社の東日本旅客鉄道が、2025年7月に経営ビジョンを公表しました。これによれば、営業利益に占める運輸事業の割合は、2025年度は約46%でしたが、2031年度には約36%にすることを目標としています。すなわち、同社は、鉄道会社であるにもかかわらず、すでに運輸事業の利益が半分を下回っていますが、6年後には、それが約3分の1にまで下げることを目指しています。
このことは、同社は、事業ドメインを運輸事業に限定せず、流通、不動産、宿泊にまで広げているということです。今後、運輸事業の収入の増加はあまり期待できないことから、妥当な事業ドメインの設定と考えられます。したがって、現在、売上や利益が伸び悩んでいる会社は、事業ドメインの設定を見直すことで、改善の手がかりがみつかるかもしれません。
2025/8/3 No.3154
