[要旨]
中小企業診断士の佐藤義典さんによれば、べネフィットとは顧客にとっての価値であり、その価値とは要するに人間の欲求、欲望であるということです。そして、その欲求については、生存欲求、社会欲求、自己欲求の3つがあると考え、この3つの欲求に応える製品を開発することが鍵になるということです。
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今回も、前回に引き続き、中小企業診断士の佐藤義典さんのご著書、「ドリルを売るには穴を売れ」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、佐藤さんによれば、ベネフィットには機能的ベネフィットと情緒的ベネフィットがあり、機能的ベネフィットは物理的で計測しやすいベネフィットのことであり、情緒的ベネフィットとは、デザイン、憧れなど、製品の本来の価値とはあまり関係ない価値であるということについて説明しました。
これに続いて、佐藤さんは、アルダファーのERG理論について述べておられます。「べネフィットとは顧客にとっての価値だと言ってきたが、では一体『価値』とは何だろう。『価値』というと聞こえはいいが、要するに人間の欲求、欲望である。人は自分の欲求をかなえることが重要なのだ。これは別に自分のワガママをかなえることには限らず、他人に尽くしたいというのも広い意味で欲求のひとつだ。
では、欲求には一体どのようなものがあるのだろうか?こういうと、真っ先に挙げられるのが『マズローの欲求5段階説』という理論だが、5つもあると全部は覚えにくいし、区別しにくい場合が多い。そこで、わたしがおすすめするのは、マズローの欲求理論を修正した、アルダファー氏が唱えたERG理論というものだ。
これは、Existence(生存)、Relatedness(他人との関係)、Growth(成長)の頭文字をとった理論で、わたしはこれに修正を加えて、それぞれ『生存欲求』、『社会欲求』、『自己欲求』と呼んでいる。この3つの欲求は本源的なものであり、人間であれば誰しももっているものだといえる。アルダファー氏の主張とは異なる部分もあるかもしれないが、それをマーケティングの文脈で解釈すると、下のようになるだろう。
ちなみに、この欲求理論はマーケティングにのみならず、相手を説得する場合などにも応用できる。たとえば、部下に仕事を頼む際には、次のようなことを言えば、部下の『欲求』を刺激できることになる。『やれば給料が上がるかもしれないよ』(生存欲求)→『やればみんながすごいと言ってくれるよ』(社会的欲求)→『やればこんなに学ベて成長できるよ』(自己欲求)人間はこのような欲求を満たすために、お金を払って何かを『買う』。
ならば、『売る』ためには、このような『欲求』を満たしてあげればよいということになる。広く売れる人気商品は、前述した人間の3欲求を同時に満たしていることが多い。それぞれの欲求は同時に起こりうるし、できるだけ同時に満たしたほうがよいのだ。人気のレストランは当然おいしい(生存欲求)だろうし、店の雰囲気が良く他人を連れていって恥ずかしくないはずだ(社会欲求)。
また、マ二ア向けの商品は主に自己欲求を刺激していることが多い。例えば、鉄道模型のNゲージなどは、生活必需品ではないので生存欲求は満たさない。自分で楽しむのであれば自己欲求だけだが、それを他人に見せて楽しむ場合には社会欲求を満たしうる。このような意味で、マーケティングとは、顧客の欲求を満たすための学問体系だとも言える。だからこそ、マーケティングをする際には、高い倫理観を持たなければならない。
未成年に酒やたばこを売るような違法なことは論外だが、売れるからといって人間の身体に悪影響を与えるものを売りまくることが良いとは決して思わない。また、欲求を満たすからといって、たとえば環境破壊につながるものをどんどん作っていいとも思わない。口幅ったいが、人類の長期的な幸せ(それを定義するのは大変難しいが)を考えながら、何を作るか、売るかを考えるベきであり、儲かれば何をやってもいいということでは決してないはずだ」(52ページ)
佐藤さんは、人の欲求を3つに分けて考えることをお薦めしておられますが、私も同じ考えです。どういったベネフィットを提供すれば競争力を高めることができるかと考えるとき、なかなかよいアイディアが浮かばないことが多いと思いますが、その端緒をつかむためにも、最初は、単純なところから出発するとよいと思います。そして、私は、3つの中でも、特に、社会欲求が大切になってきていると思います。
例えば、金沢工業大学虎ノ門キャンパス教授の教員紹介三谷宏治さんは、ご著書、「新しい経営学」で、ドリルの穴について述べておられます。「米国ではDIYが非常に盛ん(20兆円産業)ですが、その主役は各家庭の父親たちです。彼らは『子どもと一緒にやれて自慢できる仕事』を欲していて、それが家や車を修理し、改造することなのです。そのためにあらゆる道具を揃え、腕を発揮するときに備えているのです。
当然、子どもたちはお手伝いです。そういった父親たちが『ドリルでなく穴を求める』でしょうか?ノーです。穴あけサービスに頼っていては子どもたちからの称賛なんて得られません。格好いい道具をサラッと使いこなして子どもからの尊敬を得ることがDIYに取り組む目的なのですから、そんなサービスは無価値どころか逆効果です。それより、彼が使う道具のデザインや格好良さの方がずっと大切です」
この三谷さんの指摘が正しいかどうかは、私は客観的に証明できないのですが、このように考えることは決して的外れではないと思います。すなわち、ドリルを購入する顧客は、壁の穴が欲しいのではなく、子どもたちにかっいいと思われる父親の姿を欲っしているということです。
ちなみに、三谷さんはドリルの例に続いて、ヤンマーでは、フェラーリをイメージさせるデザインのトラクターをヒットさせたが、これも標的顧客の60代の農業従事者が、孫や後継者にかっこいいと思われたいという欲求を満たしたからだと指摘しています。これらの事例から、これから競争力の高い商品を開発しようとするときは、私は、前述したように、社会欲求に応える商品を開発することがよいのではないかと考えています。
2025/8/2 No.3153
