[要旨]
ドクターリセラの社長の奥迫哲也さんは、かつては、心の余裕がなく、部下たちに怒鳴りつけていたことがあったそうですが、新卒採用を開始し、新卒の従業員と接するようになってから、いまの若い人たちは学校でも家庭でも社会人として必要な立ち居振る舞いを教えてもらっていないので、何もできないのがあたりまえで、いきなり怒鳴りつけるのはかわいそうと感じ、一歩引いた対応をするようにしたそうです。その結果、部下の方たちは自分の考えを積極的に話すようになり、悪い情報も以前より上層部に届くようになり、トップダウン型からボトムアップ型の組織にステップアップしたということです。
[本文]
今回も前回に引き続き、ドクターリセラの社長の奥迫哲也さんのご著書、「社長の仕事は人づくり」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、ドクターリセラでは、新卒採用を行ったことがきっかけで、既存の従業員の方が大きく成長したそうですが、それは、新卒の新入社員に、同社の考え方をゼロからきちんと教えることで、新卒社員と既存社員のレベルが逆転して、新卒社員のほうが優秀という状況になりかねないので、それまでほぽ手つかずだった既存社員ヘの教育をしっかり行うようになったからだということについて説明しました。
これに続いて、奥迫さんは、新卒採用によってご自身も成長することができたということを述べておられます。「新卒採用で成長するのは社員だけではありません。新卒採用でもっとも大きく変わったのは、他ならぬ私自身でした。先にも書きましたが、かつてのドクターリセラの社員は、けっしてレベルが高くありませんでした。そのため仕事でミスや手抜きが多く、私も大声で叱り飛ばして指導することが少なくありませんでした。本当は社員が心から納得できるように、もっと穏やかに言って聞かせるベきだったのでしょう。しかし、私自身に余裕がなくて、つい怒鳴って無理やり言うことを聞かせていた。
大声で叱れば、それ以上は怒鳴られたくないので社員は反省する素振りを見せます。しかし、心から納得しているわけではないから、しばらくするとまた同じ過ちを繰り返す。それに私がふたたび激怒して……の繰り返しでした。しかし、新卒社員に対しては違った感情が湧きました。いまの若い人たちは、学校でも家庭でも、社会人として必要な立ち居振る舞いを教えてもらっていません。何もできないのがあたりまえで、いきなり怒鳴りつけるのはさすがにかわいそうです。また、年齡的にも私の子どもとたいして違いがありません。
まだ幼さが残る新卒社員の顔を見ていると、彼らを本当の意味で育てていくのが自分の責任という思いがしてきました。運命のいたずらか、私はちょうどそのころに甲状腺に腫瘍が見つかり、手術を行いました。その影響でしばらく声を出すことができず、頭に血がのぽって大声を出そうにも出すことができなかったのです。心境の変化と物理的な制約が重なり、私はのどまで出かかった怒りの言葉をグッと飲み込む術を覚えました。いままで自分の中になかった一時停止ポタンを、自分の意思でコントロールして押せるようになった。これは大きな進歩です。
一歩引いた対応ができるようになったことで、経営にもいい影響が現れました。それまでは、おかしなことを言うと私に怒られると思って委縮している社員がいました。その結果、悪い情報があがってこずに、対応が後手に回ることも少なくありませんでした。しかし、一歩步引いてからは違います。社員は自分の考えを積極的に話すし、悪い情報も以前よりずっと上にあがってきやすくなりました。私が成長したことでトップダウン型からボトムアップ型の組織にステップアップした。このようにドクターリセラでは、新卒採用を始めたことで私や既存の社員がグンと成長しました。新卒採用は、まさしく最大の社員教育のチャンスです」(209ページ)
従業員の方たちをとても大切にしている奥迫さんが、かつては、部下の方たちに怒鳴っていたということはとても意外に感じます。でも、新卒採用を始めたことによって、その考え方が変わり、現在は、従業員を大切にする会社のお手本のような存在になっているわけです。そして、理屈は分かるけれど、なかなか、経営者自身が変わることができないということは少なくないようです。というのも、経営者の方の多くは、若い頃は、上司や先輩たちから厳しく指導されたという経験があり、そういう経験を自分が経てきたから今の自分がある、だから、自分の部下にも同じ経験をさせることが部下のためにもなると考えているからではないかと思います。
私が会社勤務時代も、「上司の背中を見て仕事を覚えろ」という価値観が主流だったので、「背中を見せれば部下は育つ」と考える経営者の方の気持ちを理解できなくもありません。また、そう考える経営者の方は、自分は先輩の背中を見て仕事を覚えてきたのだから、「今の若い人」も自分の背中を見て仕事を覚えるべきだと考えているのかもしれません。しかし、そういう考え方が正しいかどうかはさておき、部下がどうすれば最も早く成長するか、どのような部下指導を行えば業績が向上するかという観点から見れば、奥迫さんのように、「一歩引いた対応」を行うことが賢明のようです。
例えば、ほとんどの経営者の方は、何でも経営者が指示するトップダウン型の会社より、現場が自主的に動いて上司に提案をしてくるボトムアップ型の会社の方が望ましいと考えるでしょう。しかし、それを望んでいるにもかかわらず、経営者がすぐに怒鳴って部下たちを委縮させてしまえば、ボトムアップ型の活動はできなくなります。繰り返しになりますが、ボトムアップ型の会社にするために、経営者が「一歩引いた対応」を行わなければなりません。これは、理屈では理解できても、感情の面が障害となっていることが多いので、経営者の方が変わろうとする強い意思が求められると、私は考えています。
2025/7/28 No.3148
