鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

従業員を犠牲にした顧客満足はおかしい

[要旨]

ドクターリセラの社長の奥迫哲也さんは、「お客樣の喜びを追求することが私たちの使命ですが、そのために従業員が儀牲になるのはおかしい」と考えているそうです。例えば、従業員自身が肌のトラプルに悩んでいれば、自信を持って接客できないし、また従業員が不健康なら、余裕を持って接客できないばかりでなく、健康な顧客をねたむことになります。そこで、同社のフィロソフィーに「自喜利他」を明記し、従業員満足を高めるようにしているそうです。


[本文]

今回も前回に引き続き、ドクターリセラの社長の奥迫哲也さんのご著書、「社長の仕事は人づくり」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、奥迫さんは、決裁権がなく、自分で何一つ決めることができなければ、従業員は受け身で働かざるを得ないと考え、従業員の方たちの決裁権を明確にし、権限を委譲し、自立的に仕事ができるようにしたということについて説明しました。

これに続いて、奥迫さんは、従業員満足を高めることが、顧客満足度を高めることにつながるということについて述べておられます。「会社はいったい何のためにあるのか?この質問に、みなさんなら何と答えるでしょうか。私の答えは決まっています。『会社は、働いている人と家族の幸せを実現するためにある』こういうと、ドクターリセラはお客様第一ではなかったのか、という声が聞こえてきそうです。たしかにお客様満足は重要です。ドクターリセラは経営基本方針として四つの方針を掲げていますが、一番が『お客樣第一』で、二番目が『従業員の物心両面の幸福』という並びになっています。

しかし、これは必ずしも重要度の順番になっているわけではありません。お客樣の喜びを追求することが私たちの使命ですが、そのために従業員が儀牲になるのはおかしい。武蔵野の小山社長は『CS(お客様満足)とES(従業員満足)は自転車の両輪、どちらが欠けても前に進まない』と話していましたが、私も同感です。お客樣満足の一輪車は不安定でダメです。私はむしろ、経営者はまず従業員満足を考えるベきだと思っています。

京セラ創業者の稲盛和夫ざんは『利他』の心を説きました。利他は仏教用語で、他人を利することを言います。(中略)仏教には『自利利他』(自分が悟りを開くことで他人も幸せにする)の考え方がありますが、私は『自喜利他』でいいと思います。まず自分の生活が喜びに溢れて、他人の幸せを願って行動することができる。私たちには、それくらいでちょうどいいのではないでしょうか。『自喜利他』は、フィロソフィーにも明記されています。自分が肌トラプルに悩んでいたら、お客様に自信を持って接客できません。

また自分が不健康なら、お客樣にサービスする余裕がないどころか、健康なお客様をねたんでしまいます。まずは自分の心や体が喜ぶことをして、自分を満たしてあげる。そうすれば不平不満や愚痴がなくなり、自然にまわりの人に尽くせるようになります。フィロソフィー『自喜利他』は社員に意識してもらいたい心構えを説いたものですが、会社から見れば『自(=従業員)喜利他』。まず従業員の心や体を満たしてこそ、お客様にも喜んでいただくことができます」(186ページ)

かつての日本では、過重労働が珍しくなかったようです。そのような状態だったことの要因のひとつは、会社の業績を高めるためには、従業員にたくさん働かせればよいという安易な考えが経営者の頭の中にあったからだと思います。少し、話が本旨から外れますが、そう考える経営者は、かつては自分たちも寝る間を惜しんで仕事をした経験があるから、部下たちにたくさん働いてもらうことは当然だと考えていたのかもしれません。話を戻すと、奥迫さんが、「お客樣の喜びを追求することが私たちの使命ですが、そのために従業員が儀牲になるのはおかしい」とご指摘しておられますが、現在は、コンプライアンスの観点からも、このように考えるべきだし、これは多くの方がご理解されるでしょう。

とはいえ、これは頭では理解できても、実践することは容易ではないということも現実でしょう。しかし、まだ割合は低いかもしれませんが、このような課題を克服している会社は珍しくなりつつあるようです。例えば、以前、ご紹介した、福岡県粕屋郡にある福岡ロジテックは、かつては離職率が高い会社だったそうです。そこで、同社社長は会社の方針を転換し、従業員満足を高めるために、従業員が子どもの入学式や運動会といった家族行事に参加できるよう、柔軟な休暇取得を推奨したり、年に一度の経営大会に社員の家族を招待し、家族全員で会社の成長を祝う場を設けたりするようにしたそうです。

その結果、従業員の方たちは、会社が自分たちを大切にしてくれていると感じ、また、安心して働くことができるようになったことから、離職率は低くなり、さらに、労働生産性も高まったということです。なお、従業員満足について、ひとつ、注意していただきたい点があります。というのは、現在は、表現が乱暴ですが、「従業員」が商品になりつつあるということです。かつては、顧客が購入するものは商品そのものでしたが、現在は、どのような従業員が働いているのかも重要な要素になりつつあります。ドクターリセラの例で言えば、ライフタイムバリューの観点から顧客に接していることが、同社の業績を高めています。

したがって、ドクターリセラでは、商品を売っているというよりも、安心して商品を買うことができる従業員に対して顧客は商品代金を払っていると考えるべきでしょう。従業員満足を高めることに対し、「顧客満足だけでなく、なぜ、従業員の満足度まで高めなければならないのか」と考える経営者の方もいると思いますが、現在は、従業員満足を高めることは、競争力を高めることになっていると考えなければならない時代であると、私は考えています。

2025/7/25 No.3145