[要旨]
ドクターリセラの社長の奥迫哲也さんによれば、同社では従業員教育に注力しており、これによって従業員の方は学ぶことによろこびを感じ、それを仕事に活かしてみたいと考えるようになったことから、能動的に仕事に臨むようになったということです。すなわち、仕事がやらされるものからやるものに変わって行ったということです。
[本文]
今回も前回に引き続き、ドクターリセラの社長の奥迫哲也さんのご著書、「社長の仕事は人づくり」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、奥迫さんによれば、同社は創業後、事業が急拡大し、従業員も増加したものの、運営体制は創業直後のように、トップダウンの状態になっていたため、うまくいかなくなったことから、新たに加わった従業員の方には、「フィロソフィー」によって価値観を共有してもらい、さらに権限委譲をして、価値観に基づいた判断をしてもらうようにしていったということについて説明しました。
これに続いて、奥迫さんは、従業員教育の効果と重要性について述べておられます。「社員教育で、社員は具体的にどのように変わったのか。ひと言でいえば、社員にとって仕事が『やらされるもの』から『やるもの』になりました。自分は何のために働くのかという仕事観には、6つのレベルがあります。一番下は『生存』、食ベていくために働くことです。その上は『維持』、これは生活水準を下げないように働くことです。
さらにその上は『娯楽』、維持にとどまらず、いままでよりおいしいものを食ベたり、贇沢なものを買ったりするために働くことを指します。人にはざまざまな事情があり、もちろん明日のごはんも心配になる状況では、生存や維持のために働くことが最優先されますが、特別な事情がないのであれば、ずっとこのレベルにとどまっているのはさみしいと思います。一つ上に行くと『役割』になります。これは会社や社会から与えられた役割のために働くこと。
役割に対して責任感が強く、私利私欲で働くよりレベルは高いが、どちらかといえば義務感から働いており、『やらされている』感がぬぐえません。かつてのドクターリセラは、ここまでの4つの仕事観で働いている人がほとんどでした。しかし、社員教育の結果、最上位の2つのレベル以上になる人が増えてきました。役割の上は『学ぶ』です。これは仕事を通して自分を成長させることに喜びを感じられるレベルです。社員教育は、『学ぶ』に直接つながります。最初に行ったマナー研修も、多くの社員は喜んでいました。いままで家や学校で教えてもらえなかったことを知って、社会人として成長した自分に誇りを感じたからです。
私自身、学ぶことは大好きです。他の誰にも頼まれていないのに他の企業にベンチマーキングに行くのも、経営者として成長したいから。学びとは、本来、それくらい魅力的なことです。社員教育を通して学ぶ喜びを知った社員は、仕事から何かをつかみ取ろうと、自ら仕事に積極的に関わる姿勢が見え始めました。これは大きな変化です。さらにフィロソフィー教育を通して、最上位の『与える』に仕事観が変化する社員も増えました。『学ぶ』が自分の成長に喜びを感じるのに対して、『与える』は他者への貢献が喜びになります。これはまさに『お客樣第一』をフィロソフィーの一つにしているドクターリセラが求める仕事観です。
『学ぶ』や『与える』に仕事観が引き上げられた社員にとって、仕事は『やらされるもの』ではなく、喜びのために自ら進んで『やるもの』になりました。私はわが社のシステムエンジニアである中村顕朗さんに、システム関連のことをほぽ丸投げしています。出勤にも裁量を与えていて、社員として最低限やらなければいけないことを除き、ほぽ自由です。中村さんは自分で出勤をコントロールして、土曜や日曜にも出勤することも多い。働く目的が『生存』や『娯楽』のためでなく『学び』や『与える』だからです。(もちろん労働時間についてはコントロールしています)
本当は嫌々やっているんじゃないかと勘繰る方には、社員の目を見ていただきたいと思います。社員一人ひとりが主体性を持って目を輝かせて働けば、会社の規模が大きくなり私の目が行き届かなくなっても、会社はスピードを緩めることなく成長し続けることができます。ドクターリセラの業績は、2018年2月期で、23年連続の増収増益になりました。社員数も250人に増えています。いまでは私が直接指示を出さなくても、社員たちはフィロソフィーに沿って現場を回して、お客様に感動を与えようとしてくれます。ここまでこられたのは、まざしく社員教育のおかげです」(73ページ)
奥迫さんは、「最初に行ったマナー研修も、多くの社員は喜んでいました。いままで家や学校で教えてもらえなかったことを知って、社会人として成長した自分に誇りを感じたからです」とご指摘しておられますが、会社でスキルアップのための研修を受けられることは、従業員の方にとって士気が向上する要因です。従業員の定着率が低いことに悩んでいる経営者の方は少なくないと思いますが、スキルを高めるための活動は、定借率を高めることに貢献します。これは、「衛生要因・動機付け要因」という理論で説明されています。すなわち、「給料が少ない」といった不満の要因は給料を増やすことで解消できますが、それは、満足度を高めることにはつながりません。
しかし、仕事を充実させる、仕事の量を増やす、昇進などによって承認されるなどの動機付け要因によって、会社で働くことの満足度は高まり、それは定着率を高めることにつながります。会社で研修を受けさせることも、「会社で研修を受けさせてもらえるということは、自分が会社で期待されているということであり、また、自分のスキルアップにもつながるので、しばらくは勤務していたい」と従業員の方に感じてもらえるでしょう。ところが、「従業員に研修を受けさせれば士気が向上するということは理解できなくもないが…」と考える経営者の方も少なくないと思います。そう考える方の理由には、次のようなものがあると思います。
1つ目は、研修を受けることで満足してくれる従業員はいるかもしれないけれど、必ずしも全員がそうとは限らないし、満足してくれる従業員も、満足の度合いは個人差があるというものです。2つ目は、研修を受けることで、従業員の方の能力は高まることは間違いないけれど、それが明確な利益の増加となって現れるまでには時間がかかるというものです。3つ目は、研修の費用だけでなく、研修を受講させている時間も人件費が発生するので、多くの費用が必要になるというものです。これらの理由はごもっともですし、これ以外にも従業員研修に関する課題があるかもしれません。
しかし、経営環境が成熟した現在は、競争できる部分は従業員の能力しかなくなってきているということも現実だと思います。従業員教育の難易度が高いからといって、別の方法で事業の競争力を高めようとしても、それはほとんど存在しません。ですから、最初は経営者や幹部従業員が講師になるなど、あまり費用のかからない方法で従業員教育を行うなどして、少しでも従業員の能力を高めていくことをお薦めします。そのことによって、徐々に効果が現れるようになれば、その増加した利益を再び従業員教育に振り向けることができるようになり、よい循環ができるようになると思います。
2025/7/21 No.3141
