[要旨]
ドクターリセラの社長の奥迫哲也さんによれば、同社は創業後、事業が急拡大し、従業員も増加したものの、運営体制は創業直後のように、トップダウンの状態になっていたため、うまくいかなくなったということです。そこで、新たに加わった従業員の方には、「フィロソフィー」によって価値観を共有してもらい、さらに権限委譲をして、価値観に基づいた判断をしてもらうようにしていったそうです。
[本文]
今回も前回に引き続き、ドクターリセラの社長の奥迫哲也さんのご著書、「社長の仕事は人づくり」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、奥迫さんは、顧客に感動を与える方法として、サプライズよりも凡事徹底をお薦めしており、その理由は、サプライズが顧客に驚きを与える一方で、凡事徹底は、派手さはなくても、あたりまえのことをやり続けることで、顧客の心に深い感動を与えるからだということについて説明しました。
これに続いて、奥迫さんは、事業規模を拡大させるときは、価値観を共有することが大切ということについて述べておられます。「ドクターリセラの創業は1993年です。大阪で漢方薬局を始めた私は、創業メンバーとなる城嶋杏香さんや二村元さんに声をかけて、さらに妹を加えて、2000年からエステサロンへの卸事業を始めました。
翌年にはアクアヴィーナスシリーズ、その2年後にはADSシリーズの販売を開始。初年度の売上は2億円でしたが、翌年は6億円、翌々年は12億円と、まさに破竹の勢いで会社は成長していきました。4人しかいないときは、みんなが考えていることがよくわかりました。考え方にズレがあっても、話せばすぐにすり合わせもできました。しかし、人が増えてくるにつれて、しだいに全員で価値観を共有することが難しくなっていきます。とくに急成長した2000年代前半からはひどかった。
先ほどご紹介したように考え方を問わずに人を採用していったため、社員の考え方はバラバラで、それぞれ別の方向を向いて働くようになっていました。社員が増えてくると、新たに別の問題も発生します。指示を待つばかりで、自分の頭で何も考えようとしない社員の存在です。会社の規模が小さいときは、社長がトップダウンで決めるので、社員は自分で考える必要がありません。たとえるなら社長が機関車で、社員は客車。機関車が引っ張るので、客車はとにかくそれについていけばいい。
しかし、社員数が50人近くになると、機関車が全客車を引っ張るわけにはいかなくなります。客車自身にモーターがないと、全体が速く前に進まない。会社の規模が大きくなっても、全体の方向性を決めるのは社長の役目です。ただ、現場レベルの細かいことまで社長が決める必要はない。そんな時間があれば、社長はもっと大きなことに目を向けるベきです。ドクターリセラも徐々に社員数が増えてきて、管理職や現場の社員に権限委譲して自分で決めてもらわなければいけない時期に来ていました。
ところが、社員の側にその意識が低かった。当時は『社長、今日の室温は何度にしますか?』と、エアコンの設定温度まで私に聞いてくる始末でした。フィロソフィーには『判断力』の項目があり、次のように書かれています。『“どうしましょう?”は責任逃れ。最低2つの自分の考えを持ち上司に相談する。“そして私は2案の内、こちらの案で実行したいと思います”と相談する。リーダー、トップと同じ判断ができるように、ケーススタディを通して訓練する。
さらに、リーダー、トップ以上の判断ができることを目標にしましょう』現場の社員がこれくらいの意識を持って働けば、社員の人数が増えても、中小企業の良さを損なわないまま成長が可能です。どうすれば社員と価値観を共有して同じ方向を向かせることができるのか。そして、どうすれば上司に“おんぶにだっこ”ではなく、自分で判断ができる力を身につけさせることができるのか。会社が大きくなるにつれて浮上してきたこの二つの課題について、頭を悩ませる毎日でした」(65ページ)
事業拡大をすれば、従業員の数を増やさなければならないし、新たに仲間に加わった人たちには会社の基本的な考え方を理解してもらわなければならないということは、ほとんどの方が容易にご理解されると思います。ところが、実際には、従業員の採用や育成が、事業拡大に追いつかないという課題が事業拡大のネックになっている会社が多いようです。その理由の1つ目は、事業が拡大する過程では、経営者は繁忙になり、従業員の育成になかなか目が向かなくなるようです。
もちろん、従業員の育成は大切なのですが、日々、顧客とのやり取りをしているt、従業員のことが後回しになってしまうようです。いわゆる、「緊急性(顧客とのやり取り)が重要性(従業員の育成)を駆逐する」という状態です。ですから、事業拡大をするにあたっては、従業員の育成も顧客とのやり取りと同じように取り組み、後回しにしてはならないと、経営者の方が強く意識する必要があります。
理由の2つ目は、従業員の育成には時間がかかるということです。ある意味、売上は、売り込みをして、顧客がそれに応じてくれれば、それで増加しますが、従業員の育成は短くても数か月は必要です。ですから、事業拡大をするにあたっては、従業員の育成を前倒しに行わないと、規模拡大に追いつかないという状態になってしまいます。なお、創業以降、増収増益を継続していると言われている伊那食品工業では、あえて急拡大をしないという「年輪経営」に徹していることで有名です。
私は、すべての会社が、必ずしも、伊那食品工業さんのような年輪経営を導入しなければならないと思いませんが、急激な事業拡大は、会社内に軋轢が生じてしまうことは間違いないと思います。事業活動の目的は利益を得ることですが、短期的な利益を追求しすぎてしまうと、運営体制のバランスが崩れ、長期的に安定した活動ができなくなる可能性があるので、経営者の方は、売上拡大だけでなく、総合的な状況判断を行った上での取り組みを行う必要があります。
2025/7/20 No.3140
