[要旨]
ドクターリセラの社長の奥迫哲也さんは、顧客第一主義の経営をしたいと思いつつ、利益との兼ね合いをどうするかと考えていたそうですが、北九州にある美容室を見学したところ、同社は顧客第一主義の実践によって顧客と深い関係を構築し、業績を高めていることから、奥迫さんも自社で顧客第一主義の経営を実践しようと考えるようになったそうです。
[本文]
化粧品の販売事業を行っている、ドクターリセラの社長の奥迫哲也さんのご著書、「社長の仕事は人づくり」を拝読しました。奥迫さんは、同書で、顧客第一主義の重要性について述べておられます。「お客樣第一といったところで、どうせきれいごとじやないか、会社は利益を出さなければいけないから、お客様の都合ばかり聞いていられない、と考える方もいらっしゃるかもしれません。じつは以前の私もそうでした。お客様のお役に立ちたい思いは強かったものの、一方で、会社経営は簡単なものではないことも身に染みてわかっていて、お客様満足と利益追求のバランスについてはいつも迷っていました。
しかし、そんな私の考えは、北九州を中心に美容室を展開している『パグジー』のベンチマーキングにいって打ち砕かれました。バグジーは、利益を後回しにして徹底的にお客様満足を追求している美容室です。それにもかかわらず増収増益で業績を伸ばし続けていた。パグジーがどれほど真剣にお客様満足を追求しているのか、さまざまなエピソードが紹介されていますが、私が好きなのは次のお話です。あるお客様が美容師さんとの会話の中で、『母がガンで、一緒に行く予定だった沖縄旅行を断念せざるを得なかった』と漏らしました。
それを聞いた美容師さんは、『お母さまのカットをさせてほしい』と頼んで約束を取り付けました。来店の日、スタッフたちは総出で海岸に行き、店内に砂を運び敷き詰めました。さらに、観葉植物を2時間レンタル、かりゆしの衣装に身を包み、沖縄民謡を流して、お母さまをお迎えしました。もちろんお客樣やお母さまは大感激。『沖縄に遊びに来たみたい』と、満足した様子で髪の毛をカットしていただいたそうです。ここだけを切り取れば、採算度外視の行き過ぎたサービスのようにも見えます。
しかし、お客様満足を徹底的に追求すれば、まわりまわって後になって利益として返ってきます。実際、このときのお客様はその後も何度も来店され、さらには他の人にも『あの店はすごい』と勧めてくれるようになったといいます。バグジーは広告費をかけずに経営をしている。それでもお客様が途切れずにやってくるのは、お客様第一を貫く姿勢にお客様が感動を覚えて、ファンになってくれるからです。バグジーにベンチマーキングに行って以来、私の中で迷いがなくなりました」(29ページ)
美容室のバグジーの事例ですが、他社の参考にはなるものの、私は、必ずしもすべての事業で導入できるものではなく、一定の要件が前提になると考えています。その要件の1つ目は、付加価値率の高い事業であるということです。例えば、いわゆる10分カットの理容業では、顧客は専門性は求めているものの、最も求めているものは速さと価格であり、いわゆる「感動」を求めていません。したがって、10分カットの店が、仮に顧客に感動を提供しても、顧客からは評価されず、無意味なものとなるでしょう。
要件の2つ目は、従業員の方のスキルが高くなければなりません。サービス業の中でも、バグジーの事例のようなホスピタリティを提供しようと考えて実践する会社は限られるでしょう。このようなホスピタリティを提供できるようにするためには、あらかじめ自社の事業ドメインを顧客満足、または、顧客体験価値であることを社内に浸透させ、それを実践できるようにするためのスキルを習得させておくことが必要です。
ですから、このような段階を踏まず、唐突に、「当社はきょうから顧客第一主義を実践する」と、経営者が従業員に伝えても、実践することはほぼ不可能です。では、奥迫さんの指摘するような顧客第一主義は限られた会社でしか実践できず、そうでない会社は意味がないのかというと、私は、これからの中小企業は、バグジーの事例を参考にしなければならないと考えています。
というのは、中小企業は大企業と比較して経営資源が少ないため、価格競争では勝つことは困難なため、商品やサービスの質でしか勝つことができないからです。例えば、私がこれまで何度もご紹介してきた、東京都町田市にある家電販売店の「でんかのヤマグチ」は、顧客のデータベースを充実させ、手厚いアフターサービスを実現することによって、近隣量販店よりも高い価格で商品を販売し、好業績を続けています。
これは、同社が家電製品を販売しているのではなく、家電品が故障してもすぐにかけつけてくれたり、消耗品も、都度、細かい注文をしなくても、データベースを参照して交換してくれたりするなどの、家電量販店では真似できないサービスを販売しているということです。そして、これからも、同社のような充実したサービスでの競争に重点が移って行くと考えられますので、バグジーのような顧客重視の考え方は、あらゆる業種が取り入れて競争力を高めていかなければならなくなると、私は考えています。
2025/7/17 No.3137
