[要旨]
北の達人コーポレーションの社長の木下勝寿さんによれば、デジタル化の推進により、本来7割の段階までの裹づけを取るサポート的存在であるベき数字が、あたかも10割まで判断できる万能な判断基準かのように考えてしまうことを数字万能病といい、このようにならないためにも、数字は有能だが万能ではないと考え、あまりに仮説と違う結果が出た場合は数字自体を疑うことが求められるということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、北の達人コーポレーションの社長の、木下勝寿さんのご著書、「チームX-ストーリーで学ぶ1年で業績を13倍にしたチームのつくり方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、木下さんによれば、例えば、あるメディアでの広告が廃れてきたとき、担当者が「集客人数が減ったのはそのメディアのユーザー数が減ったからであリ、自分の責任ではない」と考えてしまうことを職務の矮小化現象というそうですが、この誤った認識によって事業活動の生産性が下がることから、経営者の方は、こうした現象が起きないよう、組織的な対応を行う必要があるということについて説明しました。
これに続いて、木下さんは、「数字万能病」について述べておられます。「デジタル化が進み、あらゆるものがデータ化されると、あいまいだったものが数値化され、クリアになってくる。これまで感性主導だったマーケティングは、WEBマーケテイングの登場によりどんどん進化してきた。だが、ここで大きな問題が起きた。メンパーが数字『だけ』で判断するようになったのだ。私の経験値では仕事の成否を判断する際は、きっちりとした調査や計算をすれば7割の段階くらいまでは数値で判断できる。しかし、残りの3割はやはり感性や感覚が必要だ。クリエィティブのよし悪しなとは数字だけで判断できるものではない。
しかし、デジタル化の推進により、本来7割の段階までの裹づけを取るサポート的存在であるベき数字が、あたかも10割まで判断できる『万能な判断基準』かのようにとらえられてしまったのだ。これを『数字万能病』という。前に、『テクニカルマーケティングと分業化の弊害』で触れたように、『広告→BLP→HLP』のつながりを『中身』ではなく、『数字』で判断してしまったのが最たる愚例だ。データをもとに判断すると賢くなったような気がするが、それは大きな誤解だ。7割までは必ず数値で裹づけを取るベきである。
だが、それで終わらせるのではなく、残りの3割は感性や感覚を用いて判断できるようにならなければならない。仮に『CVR=50%』という結果が出たとき、無邪気に喜んでいいのか?実際にWEBサイトを見て、自分だったら50%の確率では絶対買わないと思ったら、数字自体がおかしいのでは?と気づく感性が必要だ。数字はあくまでも仮説を裏づけるもの。あまりに仮説と違う結果が出た場合は『数字自体を疑う』ことが必要だ。数字は『有能』だが『万能』ではない」(278ページ)
木下さんがご指摘しておられるように、数字(定量要因)だけで判断することは避け、数字で表れない要因(定性要因)も含めて判断しなければならないということは、ほとんどの方が賛同されると思います。しかし、これを実践することは、やや難しい面があります。そのひとつは、定量要因を疑うには、それなりの分析能力(リテラシー)が必要になるということです。また、定量要因だけでは正しい結論に至らないという定性要因がみつかったとしても、その根拠は主観的な面があり、なかなか客観的に示すことは難しいからです。
したがって、私は、定量要因と定性要因をバランスよくとりいれて判断できるようにするには、ありきたりですが、訓練を積むしかないと思っています。ところで、イトモス研究所所長の小倉健一さんが、ダイヤモンドオンラインに寄稿した記事によれば、セブンイレブンジャパンの元社長の鈴木敏文さんが、社長だった当時、売れ行きがよかったカレーパンを廃棄するよう指示を出したことがあったそうです。その指示によって、同社は数千万円の損失を出したそうです。
では、なぜ、売れ行きがよかったカレーパンを鈴木さんが廃棄するよう指示したのかという理由は、カレーパンとしては味がよく、売れ行きがよかったのかもしれないものの、それは、コンビニエンスストアで売っているカレーパンとしてはおいしいというものであって、パンの専門店と比較すれば味が劣るので、これから競争が激化していく中においては、コンビニエンスであっても、専門店に負けない味のカレーパンをつくらなければならないと考えていたからのようです。その結果、新たに開発された「お店で揚げたカレーパン」が2021年に発売され、大ヒット商品となったということです。
とはいえ、鈴木さんのような判断をすることは、現実的には難しいと私は考えています。だからといって、最初から数字だけで判断するのではなく、何か落とし穴がないかと用心しながら判断をすることが、正しい結果に結びつく確率が高くなるということに間違いはないと思います。ちなみに、当然のことですが、自社の状況を数字で把握していないために、そもそも数字を頼ることさえできず、成行的な判断をしている会社は、数字万能病にかかっていないというわけではないということもご指摘しておきます。
2025/6/23 No.3113