[要旨]
北の達人コーポレーションの社長の木下勝寿さんによれば、例えば、あるメディアでの広告が廃れてきたとき、担当者が「集客人数が減ったのはそのメディアのユーザー数が減ったからであリ、自分の責任ではない」と考えてしまうことを職務の矮小化現象というそうですが、この誤った認識によって事業活動の生産性が下がることから、経営者の方は、こうした現象が起きないよう、組織的な対応を行う必要があると考えているそうです。
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今回も、前回に引き続き、北の達人コーポレーションの社長の、木下勝寿さんのご著書、「チームX-ストーリーで学ぶ1年で業績を13倍にしたチームのつくり方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、木下さんによれば、効率優先で社内の教育体制が整っていない状態で、基本のキを学ぽないまま現場に従業員の方が配属されると、身近な成功事例のお手本を踏襲するというお手本依存症になってしまうので、木下さんは、このような状態を避けることができるよう、経営者の方は、従業員の方にしっかりとした育成を行わなければならないということについて説明しました。
これに続いて、木下さんは、職務の矮小化現象について述べておられます。「ここまで5つの企業組織病のうち、『職務定義の刷り込み誤認』と『お手本依存症』を紹介した。この2つが同時に起こると、3つ目の企業組織病である『職務の矮小化現象』が起きる。前に触れた『デフォルトの“穴”』を覚えているだろうか。以前は出されていた広告サイズが今は出ていなかった事例だ。ヤフーには元々A~Jの10か所の掲載面に広告を出していたが、IとJの掲載面は徐々に成果が出なくなってきた。
そこでしばらく掲載をやめ、A~Hの8か所だけ掲載していた。つまりこれ以降に入社した人は、ヤフーへの広告掲載はA~Hの8か所しかないと思っている。IとJについては存在すら知られていない状態だった。このように、一時的に施策をやめた以降に入社した人は、職務範囲を『矮小化』して受け取る。広告メディアにはヤフー、グーグル、フェイスプックなと様々ある。当社ではいろいろなメディアで集客するが、成果によってメディアを使い分ける。入社時にA~Hしか使わずにIやJを使っていないと、『当社はIとJの広告メディアは使わないものだ』と勝手に認識してしまう。
だからこそ上司はキーとなる施策前後の変化を新人と共有しておくことが重要だ。広告メデイアにも流行り廃りがある。ネット上には日々新しいメディアやアプリが登場する。最初に担当したのがメディアAの場合、自分の仕事はAで集客することと認識し、A以外の動向には一切目もくれない。すると、Bというメディアが急激に伸びていることに気づかない。
Bの伸びがすごく、Aにかけた労力でBに注力すれば成果は3倍になるのに、Bの存在を知らなかったり、仮に知っていたとしてもお手本がないのでやり方がわからず動けない。Bの拡大を横目にひたすらAの改善だけやる。まさに時間の無駄だ。Aが廃れてきたとき、担当者が『集客人数が減ったのはAのユーザー数が減ったからであリ、自分の責任ではない』と考えてしまうと問題だ。Aのユーザーが減った分、Bのユーザーが増えているので、Aの減少分はBをやれば補填できるのに、自分の仕事はAを一生懸命やることだと認識してしまう。
当社でも、YouTubeが爆発的に伸び、TikTokが台頭し始めた頃、対応に出遅れてしまった。メンパーが自らの担当メディアに集中し、周りを見ることができていなかったからだ。前述した『“自らコンテンツを生み出す”小さな芽が息吹いた瞬間』の目的は、『職務の矮小化現象』の克服だった。直接販売課全体で『職務の矮小化現象』が起きていたため、今まで手をけていなかった広告メディアにあえて新人を配属。お手本をつくっていたのだ。(当時としてはそれがツイッターだった)
そのお手本が完成した段階で他のメンバーにもお手本をシェアし、直接販売課全体で広告メディアを使えるようにした。もちろん、お手本を渡すだけでは『お手本依存症』になってしまうので、『着眼法研修』で自ら広告メディアを攻略できるようにした。現在は、ChatGPTや画像生成AIなどが安価で急速に普及してきた。これらをうまく使いこなせれば劇的に生産性が上がり、クリエイティプの表現方法も無限に広げられる。だが放置しておくと、入社当時に学んだ生産性が低く、表現の幅も狭いままのクリエイティプ制作法を続けがちである。
そこで、シュウヘイが先頭を切り、ChatGPTや画像生成AIを使ったクリエイティブのつくり方をマスター。全クリエイティブディレクターにレクチャーし、使いこなせるようにした。これにより、全クリエイティプディレクターが最新技術を駆使してつくれるようになった。これを各メンパーの自主性に任せていたら、時間ばかりかかって決して生産性は上がらなかっただろう。『職務の矮小化現象』はれっきとした企業組織病だ。企業組織病をメンバー個人の努力で克服するのは難しい。組織としてきっちり対応していくベき問題なのである」(274ページ)
私の経験から感じることは、木下さんがご指摘する「職務の矮小化現象」は、これが起きない組織はほとんどないと思っています。私自身も、無意識に、職務を矮小化していると思っています。というのは、ほとんどの人は、楽をして大きな成果を得たいと考えているし、さらに、過去の自分の行動を否定することも避けたいと考えるからではないかと思います。ですから、経営者の方は、自社は職務の矮小化現象が起きることを前提に、それを防ぐための働きかけをすることが欠かせないと思います。ただ、これも私の肌感覚なのですが、職務の矮小化現象を防ぐための働きかけはとても難しいと思っています。
少し事例が異なりますが、地域再生事業家の木下斉さんのご著書、「地元がヤバい…と思ったら読む凡人のための地域再生入門」で、木下斉さんは、次のように述べておられます。「地域活性化における壁は、自分たちが、当座、食うことを優先するなら、補助金でも、交付金でも、どっぷり使ってしまうことが、短期的には合理的だという事実だ。そうして、慢性的に事業としての収益性が低い、もしくは、赤字の事業が放置され、外からの支援がなければ地域は何もできなくなるという、食の構造を自らつくり出すことになる。
その結果、限られた予算を取り合い、ほかの人を追い出し、地域活性化の名のもとに生まれた利権をつくり出す側の人間になってしまう。結局のところ、いつも私がきれいごとだ、べき論だと言われても、補助金に頼らない姿勢を貫くのは、『使えるものは使おう』と姿勢を曲げた人たちの末路を多く見ているからでもある。食べるためだからしかたないと言い出したら、何をやっても肯定できてしまう。それでは地域を変えることはできないのだ」
木下斉さんは、地域活性化は補助金に頼らない方がよいと考えているわけですが、当事者の方たちの多くはそれに抵抗するようです。そして、その人たち自身も、補助金に頼らない方がよいということは理解しているのかもしれませんが、一部、補助金に頼らないことに反対する人がいると感じると、表立ってそれを掲げることができないというのが、地域活性化の現実なのではないかと思います。
これは言い換えれば、人は強く意識しなければ、現状を維持しようとしてしまうので、それでは状況が悪化してしまいます。この状況を変えることは難しいことですが、会社のリーダーである経営者には、その難しいことを担う役割が求められているのだと、私は考えています。そして、それを実践できるかどうかが、業績となって現れるのであり、これを逆に言えば、経営者には、何をやるかを決めることよりも、組織の活性化の方に重要性があると言えるのでしょう。
2025/6/22 No.3112