鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

失敗を恐れるとお手本に依存してしまう

[要旨]

北の達人コーポレーションの社長の木下勝寿さんによれば、効率優先で社内の教育体制が整っていない状態で、基本のキを学ぽないまま現場に従業員の方が配属されると、身近な成功事例のお手本を踏襲するというお手本依存症になってしまうということです。そこで、木下さんは、このような状態を避けることができるよう、経営者の方は、従業員の方にしっかりとした育成を行わなければならないということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、北の達人コーポレーションの社長の、木下勝寿さんのご著書、「チームX-ストーリーで学ぶ1年で業績を13倍にしたチームのつくり方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、木下さんによれば、鳥のひなが初めて目にしたものを親だと認識し、一生その認識が変わらないことを刷り込みといいますが、仕事においても同じ現象が起き、これを職務定義の刷り込み誤認といい、これは他の企業組織病の源となりうることから、経営者は、部下に対して、この仕事はどんな意義があるのか、その意義の中でこの作業はどんな位置づけなのか、その作業は、これからどんな職務につながっていくのかなどを最初にきちんと伝えておかなければならないということについて説明しました。

これに続いて、木下さんは、お手本依存症について述べておられます。「次に、『5つの企業組織病』の2番目である『お手本依存症』を紹介しよう。本来、商品や広告は消費者を見てつくらなければならない。だが消費者を見ずに、すでに成功している商品や広告をお手本としてつくっていると、消費者ニーズがわからなくなる。するとお手本がないと、何もつくれなくなってしまう。これが『お手本依存症』である。これはいつ起きるのか。効率優先で社内の教育体制が整っていない状態で、基本のキを学ぽないまま現場に配属され、身近な成功事例のお手本を踏襲してうまくいったときに起こる。だから、新人が最初に仕事のやり方を教えてもらうときが肝心だ。

うまくいっている先行商品や広告を見せられ、『これを参考につくって』と言われると、新人は『商品・広告はお手本をもとにしてつくるもの』と思い、悲劇が起こる。『お手本依存症』は先に紹介した『職務定義の刷り込み誤認』の一種でもある。(中略)お手本をもとに広告をつくり続けていたメンパーは、お手本が使いものにならなくなった途端、どうしていいかわからず途方に暮れた。学校の勉強と同じように正解が先にあり正解を当てることが仕事と思ってしまうと、『お手本』という正解がないと、仕事ができなくなってしまうのだ。

同様に、『最初に着手したこと』の原因も、『お手本依存症』にある。自らが消費者の感性ではなく、お手本を優先して広告をつくるようになると、消費者目線が失われる。(中略)失敗を恐れ、お手本に依存すると、次々と失敗を誘発してしまうのだ。企業や業界の典型的な失敗パターンがある。企業が新商品をつくる場合、まず消費者を見てつくる。そしてヒット商品が出ると、第2弾の商品をつくる。だがそのとき、消費者ではなく第1弾の成功要因を見ながらつくってしまう。

これが売れると、第2弾の商品を見ながら第3弾の商品をつくるようになる。これが繰り返されているうちに、第10弾頃には、消費者を直接見たことがある人が社内にほとんどいなくなる。こうなると、このシリーズの売上が止まったときにどうしていいかわからない。商品をつくるとは、売れている商品を見てつくるものだと思い込んでいるからだ。そこで今度はライバル会社の売れ筋を見て商品をつくる。そこで少し息を吹き返しても必ずこの商品が売れなくなる。これを同業他社同士で繰り返しているうちに、業界全体がシュリンクしてしまう。

ただ、だからといって、市場(願客)のニーズ自体がシュリンクしているわけではない。単に業界全体で市場二ーズに応えるカが落ちただけなのだそこに、まったくしがらみのない新興企業が現れる。この企業は前例を踏襲せず、消費者を見ながら市場二ーズをうまくとらえ、まったく新しいコンセプトの商品をつくる。(中略)だが、この企業が第2弾を出すときに、1弾目のヒット商品を見ながらつくると、同じ失敗パターンに陥っていく。すると次世代の新興企業にとって代わられるのだ。企業や業界の栄枯盛衰は、10~30年単位で繰り返されている。(中略)

どんな企業も最初はうまくいっている他社のマネから入る。だが、それだけでうまくいくほど甘くないのですぐに頭打ちになる。すると、『どこをどうマネすればいいんだろう』と悩み始める。私のところに相談にくる新規参入者の悩みの大半はこれだ。残念ながら、『お手本依存症』ではうまくいくはずがない。原点に立ち戻り、『そもそも何のために、この事業をやるのか』を考え直そう。商品、広告、事業は、いつの時代も『お手本』を見てつくるものではなく、『ユーザー』を見てつくるものだ。これを心にとどめ、組織全体で『お手本依存症』にならないよう気をつける必要がある」(270ページ)

本旨から外れるのですが、木下さんは、「どんな企業も最初はうまくいっている他社のマネから入るが、それだけでうまくいくほど甘くないのですぐに頭打ちになる」と述べておられますが、私は、必ずしもそうとは限らないと思っています。コトラーが提唱した、競争地位戦略のフォロワー(経営資源の量が少なく、質も低い会社)の戦略では、リーダー(経営資源の凌駕多く、質も高い会社)の模倣をすることで成功することができるとされています。

例えば、自動車業界では、マツダやスズキがフォロワーと言われており、リーダーのトヨタを模倣しながら、価格の安い製品を製造することで、低価格の製品のニーズに応えています。とはいえ、単にリーダーの模倣だけでは成功できるわけではないので、常に、顧客の需要を探る姿勢は欠かすことはできません。本題に戻ると、よい製品をつくるには、木下さんがご指摘するように、お手本に依存することは避けなければなりません。しかし、人は、失敗を避けたいと考えてしまう習性があるので、とんがった製品よりは、お手本に近い無難な製品をつくろうとしてしまうことが多くなると思います。

そこで、お手本依存症は「効率優先で社内の教育体制が整っていない状態で、基本のキを学ぽないまま現場に配属され、身近な成功事例のお手本を踏襲してうまくいったときに起こる」と木下さんがご指摘しておられますが、このような状態を避けることができるよう、経営者の方は、従業員の方にしっかりとした育成を行わなければなりません。従業員の方を机に座らせて育成するよりは、現場に放り込む方が、早く仕事を覚えると考える経営者の方も多いと思いますが、その結果、お手本依存症になってしまえば、逆に事業活動が活性化しなくなってしまうということに気をつけなければなりません。

ところで、これはやや極端と感じるかもしれませんが、米国に本社がある、サーフィン用品、アウトドア用品などのメーカーのパタゴニアは、従業員に就業時間内にサーフィンに行ける仕組みがあるそうです。このことは、同社創業者のイヴォン・シュイナードさんの著書、「社員をサーフィンに行かせよう-パタゴニア経営のすべて」に書かれており、同社の創業時からの伝統なのだそうです。これは、厳密には仕事中にサーフィンを許しているのではなく、フレックスタイムで働くことができるということのようです。

このような制度がある背景には、品質の高いサーフィン用品をつくるには、従業員の方が、よいタイミングを逃さずにサーフィンを楽しめるようにする、すなわち従業員の方自身が、同社製品のユーザーの目線を持てるようにする必要があるということのようです。これは前述したように、やや極端な例のように思えますが、よい製品をつくるには、それを生み出す従業員の職場環境をよいものにする必要があるということは、他社もお手本にすべきではないかと私は考えています。ちなみに、パタゴニアは、業績は非公開なのですが、売上高は米国通貨で約8億ドルであり、環境保護活動にこれまで1億4,500万ドルを寄付してきたというくらい業績が好調のようです。

一方で、日本の中小企業の経営者の多くは、部下に対して、「もっとヒットする商品をつくれ」と言ったり、そう考えながら接していたりすると思いますが、口で言ったり頭で願ったりしていたりするだけでは望むようにはなりません。パタゴニアと同じようなことをしなくても、少なくとも、お手本依存症にならないよう、しっかりとした教育訓練を行うなどの環境や仕組みを経営者の方が整備しなければ、ないものねだりになってしまうと、私は考えています。

2025/6/21 No.3111