[要旨]
北の達人コーポレーションの社長の木下勝寿さんによれば、かつて、同社でディレクターへの昇格試験を、商品知識が不足していたために何度も不合格になった部下に、OEMメーカーとの商談に同席させたところ、それまで彼女が知らない情報が次々に出てきたことから、社内の情報だけでは不足することに気づき、勉強をし直して、昇格試験に合格したそうです。このことから、木下さんは商品に関する理解を深めるには、情報源の幅を広げることが大切と考えているそうです。
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今回も、前回に引き続き、北の達人コーポレーションの社長の、木下勝寿さんのご著書、「チームX-ストーリーで学ぶ1年で業績を13倍にしたチームのつくり方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、木下さんによれば、かつて、北の達人コーポレーションの業績が回復基調にあったとき、スキルアップする人と、自分のやり方を押し通している人がいることが成長の障害になっていたことから、教育体制の構築が急務と考え、教育担当業務に就くと申しでのあった幹部従業員に研修プログラムをつくってもらい、人材育成を行ったことから、その課題が解決していったそうですが、このような経験から、木下さんは、組織は付け焼き刃では変わらないので、長期的な視点に基づいて手を打っていく必要があると考えているということについて説明しました。
これに続いて、木下さんは、商品知識の深め方について述べておられます。「シュウヘイが育成に専念していく中で、シュウへイの一つ下のヒコちやんが頭角を現してきた。ヒコちやんはお笑いタレント『ヒコロヒー』に似ているので、ヒコちやんと呼ばれていた。ヒコちやんは負けず嫌いで、手取り足取り指導してくれるシュウへイへの信頼、同期ながら運用チームリーダーになった井出の活躍に触発され、長い髪を振り乱しながら仕事に取り組んでいた。
そしてあるとき、『私もチーフD(チーフディレクター)になる!』と手を挙げてきたのである。チーフDは重要な役職だ。『ファンダメンタルズスキル』、『テクニカルチューニングスキル』、『ビジネススキル』をすベて満たしている必要がある。3つのスキルを満たしているかは、私、タツオ、シュウへイと既存のチーフDが判断し、OKが出たら商品開発担当の副社長による『商品理解テスト』を受ける。ヒコちやんは基本的なスキル要件を満たしていたので、満を持して副社長面談に臨んだ。
だが、『論外』のレベルで不合格になってしまった。副社長いわく『自分の担当商品を全然わかっていない』ということだった。しばらく時間を置き、商品の勉強をやり直して再チャレンジしたが、またも不合格。サ力モッちゃんとススムも追試組だったが、2人は追試で受かった。追試組は、『自分たちは商品のことをわかっていると思っていたが全然わかっていなかったことに気づいた』と言っていたが、ヒコちやんは追試のときでも『わかっていないことがわからない』状態だった。(中略)
思い悩むヒコちやんに、商品開発部のベテランメンパーが救いの手を差し伸ベた。『今度、君の担当している商品のOEMメーカーと商談するんだけと、同席して商品の勉強をしてみるかい?』二つ返事で『ぜひ!』と答えたヒコちやんは、OEMメーカーの担当者に様々な質問をぶつけた。すると、ヒコちやんがまったく知らない情報が次々に出てきた。『私はまったくこの商品のことをわかっていなかった、よくこんな状態でこの商品を担当していたな』と感じたという。すると再追試では格段にレベルが上がり、無事合格。晴れてチームいDに昇格した。このとき、気づいた。『商品の理解差』の原因は『レベル感』の問題ではなく『情報源』の違いなのだ。
ヒコちゃんは、それまで『すでに社内にある整理された情報』しか知らなかった。だが今回、外部から新たな情報を得ることで開眼した。学校の勉強でいえば、今までは歴史の教科書ばかり暗記していた。しかし本当に必要なのは、『歴史の教科書をつくるために自分で文献や歴史資料を読みあさる』ことだったのだ。つまり、『教科書を使って勉強する人』と『教科書自体をつくる人』の違いだ。チーフDには教科書自体をくる知識が求められていたが、それがわかっていない段階では必死に教科書を丸暗記しようとしていたのである」(161ページ)
作家の本田健さんは、本を書くときは、いったん、完成した本の3倍くらいの原稿を書き、その原稿を削って本を完成させていくとおっしゃっておられました。よい本を書くには、まず、多くの文字を書いて、それを濃縮するということなのでしょう。私が本を書くときは、本田さんのように、完成した本の3倍の原稿は書きませんが、本にする情報の5倍くらいの情報を集めます。そして、それを体系化し、短い文章にまとめていきます。こうすることで、読者の方は、短い文章を読むだけで、エッセンスを容易に吸収できるようになるのだと思います。
一方、私の本の類書の中には、単に、知識を羅列的に書いてあるという本もありますが、このような本は読んでいて疑問に感じるところが残ったままになってしまい、薄っぺらさを感じます。話を本題に戻すと、「ヒコちゃん」が昇格できなかったのは、知識が薄っぺらかったからという訳ですが、それは、顧客に商品を説明したり、広告素材を作ったりするときの質に差が出るということは容易に理解できると思います。これは前述した私の経験にも重なります。そこで、従業員の方の商品知識を厚くすれば、競争力が強くなるのですが、ただ、木下さんが悩んでいたのは、商品知識を厚くするための方法をどのように伝えればよいかということでした。
それを、木下さんは、「教科書をつくる知識」、すなわち、「『レベル感』の問題ではなく『情報源』の違いと表現したわけです。そうであれば、経営者の方は、部下に対して情報源を広げるための働きかけや支援をすることが重要ということでしょう。私がこれまでお会いしてきた経営者の方の多くは、従業員の方の知識の量や質について不満を感じていましたが、少なくとも、従業員任せではそれは改善しません。だからこそ、「情報源」を広げるための機会を提供することで、それが改善のきっかけになるのではないでしょうか。
2025/6/17 No.3107