鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

納税を避ければ手元資金も貯まらない

[要旨]

野村運送社長の野村孝博さんによれば、吉野家内部留保によって手元資金を貯めてきたことから、2003年に狂牛病によって米国から牛肉を輸入できなくなった時も事業を継続させ、ピンチを切り抜けることができたそうです。そこで、野村運送でも積極的に節税は行わず、利益剰余金を増やすことを優先し、手元資金を厚くするようにしているということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんは、同社でトラックを8台程度使っていた仕事がありましたが、収支を細分化していくと粗利が厳しく、体力的にもハードな仕事で腰を痛めるドライバーが増えてきたため、何度も料金と労働条件の改善を交渉しましたが、受け入れてもらえず、最終的にその仕事からは撤退を決断したそうですが、こうした決断は、会社全体の数字をふわっと見ているだけではそこに至りませんので、しっかり仕事をしてくれている従業員に報いるためにも、原価管理を行い、取引条件の交渉をしっかりと行うべきということについて説明しました。

これに続いて、野村さんは、手元流動性の重要性について述べておられます。「吉野家は1980年7月に会社更生法を申請しています。安部修仁・伊藤元重著“吉野家の経済学”によれば、当時急成長していた吉野家には金融機関がどんどん融資をしてくれたそうです。一方で牛肉が高騰し、経費削減のために仕入れルートを変更するも、品質が保てずに客数が激減し、業績が悪化、金融機関も融資をしなくなり倒産に至ったとのことでした。

その後復活を遂げた吉野家ですが、2003年12月にはアメリカのワシントン州狂牛病の牛が発見され、日本政府がアメリ力産牛肉の輸入を停止するという事態に見舞われます。牛井屋が牛肉を仕入れることができないのですから、存続の危機でしょう。しかし、吉野家の当時の安部社長は社員に対して、『大丈夫、先輩たちのお陰で1年や2年、全店が店を閉めても君たちの給料は払えるから』と話し、フランチヤイズ加盟店には、『最初は赤字になるだろうから、見切る人は見切っていただいて結構、店舗の資産価値にプラスアルファを付けて買い取ります』と交渉していたそうです。どちらも会社に内部留保があってこそできる発言です。

内部留保』とは会社が生み出した利益から税金などを差し引いた後に残った純利益から、配当や役員賞与などを差し引き、会社の方針のもとで社内に留保することにしたお金(利益)のこと。簡単にいえば会社の貯金のようなものです。しっかり貯金があるからこそ、いざというときの出費は貯金で賄えるのです。『1年や2年』とまでは言えませんが、弊社もある日突然、売上がゼ口になったとしても半年くらいは給料を払い続けることができます。中小企業では『税金を払いたくない』という経営者が散見されます。決算が近くなると、やたらと経費を使ってしまうという方もいらっしゃるようです。

弊社でもかつては、えげつない使い方をしておりました。昨今ではインポイス制度の導入などで、国民や企業のお金の流れをしっかりと把握するような仕組みを作る一方、国会議員のお金の管理のずさんざは目に余るばかりですから、『税金を払いたくない』というのは私自身も思うところです。私自身は第4章第7節(自腹を切って社員にごちそうをしよう)で書いたような姿勢でいますが、中には経費で落としたほうが得だよ、と丁寧に教えてくれる方もいらっしゃいます。

しかし、税金を払ってしっかりと利益を計上し、会社にお金を残し、内部留保を厚くすることで実務にも好影響が出てきます。第6章第5節でトラック8台の仕事から撤退した話を書きましたが、流石にすぐに代わりの仕事があるわけではありませんでした。トラックは売却して現金化することもできますが、ドライバーに辞めてもらう訳にもいきません。一時的な業績の落ち込みを吸収できたのは内部留保があってのことでした。

内部留保がなかったら、儲かっていない、ドライバーの労働環境も悪い、改善の見込みもない、でも撤退もできないというがんじがらめになっているところでした。自ら撤退するだけでなく、お客様の都合で仕事がなくなってしまうこともありますから、そうした事態を吸収するためにも内部留保が必要です。また、決算期が近くなると、保険会社の節税案件の営業員が多くやって来ます。かつては説明を聞いて、あれこれ考えていたのですが、結局これを考えている時間は無駄だということに気付きました。

『弊社は節税せずに、内部留保を厚くする方針です』と決めてしまえば、営業トークなど聞く必要はなく、その分、実務に時間を使うことができます。お金を貯めるばかりでは、一生懸命働いてくれている従業員に申し訳ありませんから、弊社では内部留保をある程度厚くしてからは、利益の1/3を内部留保、1/3を設備投資とし、残りの1/3を決算賞与として従業員に分配しています」(177ページ)

本文とは直接関係ありませんが、野村さんが指す「内部留保」は、厳密には、「内部留保によって蓄えた手元資金」です。「内部留保」という言葉は、単に、過去の利益剰余金の累計額を指すものに過ぎませんが、会計(簿記)の知識がない人は、「内部留保」と「手元資金」を混同してしまいがちですので、注意が必要です。

話を戻すと、会社に手元資金が十分にあれば、会社が倒産しないだけでなく、野村さんが述べておられるように、経営判断の選択肢が多くなります。ちなみに、吉野家ホールディングスの2025年2月期の有価証券報告書によれば、同社の総資産約1,191億円に対して、利益剰余金(いわゆる内部留保)は約428億円、現預金は約206億円、売上高は約2,050億円です。

同社の現預金は、売上高や総資産と比較して決して多い金額ではないですが、同社の販売費及び一般管理費は約1,238億円ですので、仮に、売上がなくなっても、約2か月は事業活動を継続できるということになります。ただ、内部留保によって手元資金を増やすことは、数年ではそれほど十分な額にはなりません。したがって、短期的には銀行融資などで手元資金を増やすことが基本となります。

しかし、内部留保を増やさなければ、銀行融資も円滑に応じてもらえなくなりますので、資金調達のためには時間がかかっても内部留保を増やして行く(利益を獲得して行く)ことは欠かせません。ここで大切なことは、野村さんもご指摘しておられるように、節税をしようとすることです。節税をまったくしてはならないとは思いませんが、過剰な節税は、納税額を減らすことはできますが、内部留保を増やすこともできなくなります。そこで、野村さんの会社のように、納税にあまり消極的にならず、自然体で納税し、そして、内部留保、設備投資、賞与支給をバランスよく行うことが望ましいと、私も感がています。

2025/6/10 No.3100