鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

原価管理で従業員の頑張りに報いる

[要旨]

野村運送社長の野村孝博さんは、同社でトラックを8台程度使っていた仕事がありましたが、収支を細分化していくと粗利が厳しく、体力的にもハードな仕事で腰を痛めるドライバーが増えてきたため、何度も料金と労働条件の改善を交渉しましたが、受け入れてもらえず、最終的にその仕事からは撤退を決断したそうです。こうした決断は、会社全体の数字をふわっと見ているだけではそこに至りませんので、しっかり仕事をしてくれている従業員に報いるためにも、原価管理を行い、取引条件の交渉をしっかりと行うべきということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんは、吉野家に倣って、野村運送に日次決算を導入しようとしたそうですが、同社は、吉野家のように、不特定多数の顧客を相手にする事業ではないことから、日次決算ではなく、トラックごとの収支を計算する方法を導入し、その結果、トラックごとの原価を改善するためには、原価を細分化して、改善ポイントを探ることが鍵になるということが分かったということについて説明しました。

これに続いて、野村さんは、原価計算を細分化して活用する方法についてのべておられます。「トラック1台当たりまで細分化すると、さまざまなものが見えてきます。きちんと粗利が出ているトラックはさておき、粗利が低い、あるいはマイナスという仕事をどうにかする必要かあります。改善のために行うのは『売上を増やす』、『経費を減らす』の2つしかありません。まずは、自社内で『経費を減らす』ことに取り組みましょう。(中略)

いちばん割合が大きいのが人件費ですが、ここはおいそれと削減していいものではありません。ただし、仕事内容に照らして、適正かどうかを見極めるベきです。次に多いのは燃料費と車両費ですが、燃料費は燃費を改善していくしかありません。4.5km/Lを5.0km/Lにまで改善すると約400円が削減できます。車両費についても、9年使用するところを10年に延長すれば700円程度削減できます。たかだか700円かと思われるかもしれませんが、年間で700円×260日=18万2,000円になります。

ただし、車両費については長く乗ればその分削減できますが、車両が古くなれば修理費が増えることもありますので、注意が必要です。経費を削減しても改善が見込めないようであれば、『売上を増やす』ことに取り組みます。まずはお客様への運賃交渉です。経費がかかり、粗利が出ていない仕事であることをきちんと説明できれば、お客様への説得力が違います。しかし、トラックを20台使ってもらっているお客様に対して、その中の1台の粗利が薄いからと強気で交渉するというのも褒められたものではありません。

お客様あってのお仕事ですから、トラック1台の収支に対する改善も、お客様との関係性を鑑みながら進めるベきでしょう。弊社では、トラック1台だけを使ってもらっている仕事があり、粗利の薄い仕事でしたが、低い人件費で働いてくれているドライバーがいたので何とか続けられていました。しかし、そのドライバーが都合により退職することになりました。後任を探すために募集広告を出し、ドライバーが定着するまでに教育をするなど、どんどん経費が嵩み、薄い粗利でこれらの経費を賄うのに期間を要することが分かりました。

しかし、そもそもの人件費の設定が低いので、ドライバーも定着せず、さらに募集広告にも教育にも費用がかかりました。低い人件費に甘えていたのがいちばんいけないので、しっかりと人件費を払えるようにお客様と交渉し、先述した事情も包み隠さずお話しして何とか値上げを認めていただぎました。これとは別件で、トラックを8台程度使っていただいていた仕事がありました。これも収支を細分化していくと粗利が厳しく、その上、運行管理に通常より手間がかかる状態でした。

それでも、ドライバーはその仕事が好きでやっているように見えたので、継続していましたが、体力的にもハードな仕事だったので、腰を痛めるドライバーが増えてきました。若いドライバーを新たに採用して入れ替えることも検討し、若手を増員しましたが、結局腰を傷めるケースが続きました。仕事はお客樣のためにやるものなのですが、会社は儲からず、ドライバーがケガをしてしまうとなると、この仕事を継続するベきなのかを考えさせられました。

何度も料金と労働条件の改善を交渉しましたが、受け入れてもらえず、最終的にその仕事からは撤退するという決断に至りました。中小企業では交渉するにしても、撤退するにしても、最終的な決断は社長次第ですが、会社全体の数字をふわっと見ているだけでは、決断をする前の段階にも至らないでしょう。しっかり仕事をしてくれている従業員に報いるためにも、こうした交渉をしっかりと進めるベきだと考えています」(172ページ)

これまで原価管理は適切な経営判断のために重要であるということについては、何度かご説明してきました。そして、野村さんは、原価管理を労務管理にも活用しておられます。すなわち、仕事のないようと給与は見合っているか、労働条件は継続可能であるか、というものです。原価管理は、原価を把握する手段ですが、野村さんのように間接的に労働環境や労働条件もある程度は把握することができます。

そして、要改善点と思われるものについては、改善のための働きかけを行い、続けることが困難と判断されるものについては、撤退を行うということが、迅速に行うことができます。そして、経営者の判断は、必ずしも完全に正しく行うことができるとは限りません。しかし、判断の根拠が、原価管理から得られた数値に基づくものであれば、精度が高まるだけでなく、部下たちもその判断を説明するときの説得力が高まります。

また、特に、原価管理とともに、労働環境や処遇改善も行えば、それらが十分に納得できるものでなくても、経営者は従業員のためにも努力してくれているというように受け止められ、士気や帰属意識が高まることにつながるでしょう。繰り返しになりますが、原価管理は労力が必要なものではありますが、これに基づく事業改善は、正にマネジメントであり、経営者の本来の役割です。そして、このマネジメントを適切に行うことができる会社こそ、強い会社になっていくと、私は考えています。

2025/6/9 No.3099