[要旨]
野村運送社長の野村孝博さんは、吉野家に倣って、日次決算を導入しようとしたそうですが、同社は、吉野家のように、不特定多数の顧客を相手にする事業ではないことから、日次決算ではなく、トラックごとの収支を計算する方法を導入したそうです。そして、トラックごとの原価を改善するためには、原価を細分化して、改善ポイントを探ることが鍵になるということです。
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今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、吉野家では、日次決算によって毎日の収支を算出していましたが、日によっては赤字になってしまう場合もあれば、大きく利益を出す場合もあり、こういった動向を把握したうえで、さらに時間帯ごとにも細分化して、それぞれに適正なシフトを組んで、作業を割り振ることで、人件費を適正に保っていたということについて説明しました。
これに続いて、野村さんは、原価計算はどのように行えばよいのかということについて述べておられます。「吉野家での経験を活かして、私も『日次決算をやってみよう』と思ったわけですが、これが一筋縄にはいきませんでした。吉野家のようなシステムが構築されているわけでもなく、商品構成がシンプルなわけでもありませんから、当たり前です。いっぺんにやろうとせずに、一部の部署から少しずつ取り組んでみました。
まず取り組んだのは、商品の保管と在庫管理の仕事についてでした。弊社の車庫や倉庫でお客様の商品をお預かりし、お客様の指示のもと、商品を納品先にお届けするという仕事です。売上は商品の入庫・出庫作業料と商品の保管料、そして納品先にお届けする運賃ですが、毎日出荷がある仕事ではなかったので、運賃はトラックの売上として扱い、この仕事からは外しました。使用機器、保管スペースの費用は日割りです。特定の日にのみ出荷がある仕事なので、管理職が合間に出荷作業をしていましたが、そうなると人件費の割り振りに悩みました。
結局、その部署の管理職全員の1カ月の人件費を、総労働時間で除して時間単価を算出し、その作業に要した時間を乗じて算出しました。出荷がある日とない日で多少の変動はあるものの、保管料などの変動しない部分の収入の割合が大きかったため、そこできちんと粗利が見込める一方で、日次決算を実施してもあまり意味がないことが分かりました。では、その商品を運ぶトラックのほうですが、出荷のない日は別の仕事を行っています。運ぶ商品、積込先、納品先、走行距離が毎日違いますので、こうした仕事は日時決算が有効になります。
しかし、数日取り組んでみたものの、かなりの手間がかかることが分かりました。日次決算を行っても、それにかかりきりになってほかの仕事ができなくなっては本末転倒ですので、まずは1カ月のトラックー台当たりの収支を計算しました。1台が1カ月でいただく運貨の合計売上、ここからトラックの償却費、修理費、燃料費、ドライバーの人件費などを引いた金額が粗利になります。その収支に対して粗利がきちんと見込めるトラックについては別として、粗利の低いトラックに対して、日次に細分化していくと、粗利が低い原因が見えてきます。
ルート配送を行っている部署は、売上も経費もルートによって差が出るものの、日次での大きな変動はありませんから、日次決算を行わなくても問題ないことがわかりました。一方で、こちらもそのルート配送を行っている車両が15台、ドライバーが15人いるとしたら、その15台、15人の月次の数字を1台ごと、1人ごとに細分化して収支を出します。
1台が1カ月でいただく運貨が売上、ここからトラックの償却費、修理費、燃料費、ドライパーの人件費などを引いた金額が粗利になります。これはすべて四則演算て計算できますから、確認するか否かは社長のやる気次第です。吉野家をはじめ、店舗を構えた飲食店や小売店は日々の売上が不安定ですから、日次決算を実施し、それを参照して検討し施策を打つことで、大幅な収支改善が見込めます。
一方でルート配送や、不動産収入など、安定した売上が見込めるような仕事では、車両別、物件別に収支を見極める必要があるでしょう。すベてを細分化できれぽ素晴らしいのですが、変化のあるところにポイントを絞って細分化することが重要です。自社の商品を細分化して、どの仕事でどのくらいの利益が出ているのかをしっかり把握して、次の施策への判断を下すことは社長の大切な仕事です」(169ページ)
この野村さんのご経験からは、いくつかの学ぶべきポイントがあります。1つ目は、原価計算など、管理会計を導入しようとするときは、労力がかかるということです。ある意味、当然のことで、野村さんも、「数日取り組んでみたものの、かなりの手間がかかることが分かりました」と述べておられます。中小企業の多くが管理会計を実施していない理由は、この労力がかかるということでしょう。
そして、机に向かっているくらいなら、現場に出て仕事をしている方が利益に貢献すると考える方が多いということも、ある面では理解できます。しかし、管理会計の導入に労力がかかるのは最初だけです。そして、導入してみれば、その導入に要した労力以上のメリットが得られます。ですから、管理会計を導入していない会社では、専門家の支援を得ながら管理会計を導入することをお薦めします。
2つ目は、どのような財務データを取得すればよいのかがわかりにくいということです。吉野家は、1日ごとに売上と費用を計算し、利益を算出していましたが、野村運送では、事業の特性から、吉野家と同じ手法をそのまま導入できません。そこで、野村さんはトラック1台当たりの収支を把握することにしたわけですが、別の方法としては、製品(商品)ごと、顧客ごと、地域ごと、売り場ごとなどさまざまです。
また、同じ業種であっても、戦略ごとに把握すべき財務データはことなります。これも、管理会計による事業管理の経験が少ない方には、最初から妥当な管理方法を見つけることは困難ですので、これも専門家の支援を受けながら導入することをお薦めします。
3つ目は、「自社の商品を細分化して、どの仕事でどのくらいの利益が出ているのかを把握して、次の施策への判断を下す」ということです。これは、詳細な説明は割愛しますが、活動基準原価計算(Activity-Based Costing、ABC)の考え方です。ABCはその名前の通り、活動を基準に原価計算を行う手法ですが、どんな要素が原価に影響を与えるかを探り、原価を下げるための改善を行うために使われます。
ですから、財務管理を効率的に行うために、ポイントとなる要素を絞り込むことが、効率的な改善活動につながるということです。繰り返しになりますが、このような管理活動を実践するには、当初は労力がかかることは事実です。しかし、ライバルと差をつけるためには、管理会計の導入による事業活動の改善が効果的ですので、管理会計を導入していない会社は、すぐに導入することを強くお薦めします。
2025/6/8 No.3098