鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

牛丼屋だけれどどんぶり勘定はしない

[要旨]

野村運送社長の野村孝博さんによれば、吉野家では、日次決算によって毎日の収支を算出していましたが、日によっては赤字になってしまう場合もあれば、大きく利益を出す場合もあり、こういった動向を把握したうえで、さらに時間帯ごとにも細分化して、それぞれに適正なシフトを組んで、作業を割り振ることで、人件費を適正に保っていたということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。(ご参考→ https://x.gd/TW8ki )前回は、野村さんによれば、事業活動を拡大していくためには、会社の財務データを従業員に開示し共有する必要があり、その理由は、仕事に数字(成果)を紐付けることによって、社長と従業員の視点を揃えることができたり、仕事に対するモチベーションが向上したりするからだということについて説明しました。

これに続いて、野村さんは、財務管理は精緻に行うことが大切ということについて述べておられます。「『どんぶり勘定』という言葉は誰でも聞いたことがあると思います。弊社のような中小企業では、日次決算どころか月次決算も会計士に丸投げし、月末で締めて2カ月後くらいに出来上がる月次決算を確認する程度のところが多いと思います。2カ月前とはいえ、利益が出たかどうかは重要な指標ですが、会社全体の数字だけを追うのはまさしく『どんぶり勘定』です。

残念な話ですが、運送業界には『3K』ならぬ『3D』という言葉があります。『3K』は『キツい』、『汚い』、『危険』ですが、『3D』は『度胸』、『ド根性』、『どんぶり勘定』です。『度胸』と『ド根性』はいいとしても、『どんぶり勘定』はやはりいただけません。吉野家は牛井屋ですが、『どんぶり勘定』とは程遠く(中略)、日次決算をはじめ、数値管理が徹底されています。

日次決算によって毎日の収支が算出できますが、日によっては赤字になってしまう場合もあれば、大きく利益を出す場合もあります。飲食店ではやはり、土日は客数が多く、売上が伸びますし、天気がよければ外出する人も多いので、やはり売上がアップします。(中略)日次決算は、月次決算の細分化にほかなりません。日次の数字をしっかりと把握し、さらに時間帯ごとにも細分化して、それぞれに適正なシフトを組んで、作業を割り振ることで、人件費を適正に保っていました。

しかし、この采配の行き過ぎたものが『ワンオペ』でしょう。経費は削減するに越したことはありませんが、こと人件費に関していえば、削減しさえすればよいというものではありません。あくまで適正であることが大切です。この日時決算によって牛井の原価率も計算されていました。当時は原価率という言葉の意味を理解していませんでしたが、牛井1杯の販売でどのくらいの粗利が出るのかが把握できる仕組みでした。そもそも、この設定が間違っていたら、商売は成り立たないでしょう。

当時の吉野家は牛丼がメインの商品構成でしたが、さまざまな商品を販売するにあたって、その商品ごとの原価をしっかりと把握し、販売することで粗利がどのくらい見込めるのか、一般管理費をまかなうのにどのくらいの数量を販売する必要があるのか、そうしたことを考えて価格設定をする必要があります。

もちろん、その商品の価格設定は競合他社との相場も考慮しなければなりません。粗利を高く設定すれば販売数量は少なくて済みますが、顧客が競合他社に流れてしまうようではいけません。お客様が喜んで買ってくれる範囲で、一番高い粗利を得られる価格設定を、細分化によって見極めましょう」(166ページ)

私は、これまで、何度も、迅速、かつ、詳細な財務データを把握することは、経営者の方が正確な意思決定を行うために必要であり、正確な意思決定が行われることによって業績を高めることができるとお伝えしてきました。そして、引用部分では、野村さんは、財務データを具体的にどのように活用しておられるかを述べておられます。

1つ目は、適切なシフトを組むことができるということです。すなわち、予想される来店客数に合わせて適切な人数を配置することにより、迅速に顧客対応ができるようになったり、逆に、不要な勤務を減らすことができるということです。このことによって、顧客満足度を高めることができたり、無駄な人件費の支出を防ぐことができるようになります。

2つ目は、最適な価格設定をすることができるようになるということです。特に、中小企業の場合、価格競争に晒されることが多いので、不採算な取引をしてしまうこともあります。しかし、原価管理を行っていれば、不採算な取引を回避しやすくなります。もちろん、原価管理をしていても、価格競争がなくなるわけではありません。しかし、「どんぶり勘定」の会社と比較して、採算がとれる価格を把握した上で判断することができるわけですから、後になって、「あの取引はもうかると思ったのに、実際は赤字だった」という誤った判断を避けることができます。

また、採算があまり見込めなくても、ぎりぎりの価格で取引しなければならないということがあっても、その価格で採算を得るためにはどうすればよいのかという、価格から逆算した対策を行うこともできます。こういった対応も、もし、原価管理をしていなければ、とることができないでしょう。

これも何度も述べていることですが、競争が厳しい時代だからこそ、事業活動の精度を高めることの重要性が、かつてより高まっていると私は考えています。なお、これも念のために言及しておきますが、財務データだけを把握すれば利益が得られるというわけではありません。財務管理以外にも、販売促進活動、製品開発活動など、あらゆる活動を総合的、かつ、効率的に取り組んで行くことが、業績を高めることにつながります。

2025/6/7 No.3097