鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

仕事に数字を紐付けて視点を揃える

[要旨]

野村運送社長の野村孝博さんによれば、事業活動を拡大していくためには、会社の財務データを従業員に開示し共有する必要があるということです。なぜなら、仕事に数字(成果)を紐付けることによって、社長と従業員の視点を揃えることができたり、仕事に対するモチベーションが向上したりするからだということです。ただし、財務データの開示とともに、従業員の会計リテラシーを高めてもらうための教育も必要になるということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、吉野家では現金の扱いをダブルチェックで行っていることに倣い、同社でも小口現金の管理をダブルチェックで行わせるようにしたところ、従前は現金が合わないことが多発していたものの、それ以降は合わないことがなくり、また、このような仕組みをとりいれることで、従業員の魔が差すことを防ぐことができるようになったということについて説明しました。

これに続いて、野村さんは、会社の財務データを従業員に公開することが大切だということについて述べておられます。「吉野家ではアルパイトが一日の売上を締める日次決算の作業を行います。当日の売上や原価率などが事細かく算出されるので、おそらく材料の仕入れ単価なども見ることができたと思います。あくまで管理会計上の数字なのかもしれませんが、今振り返ればアルパイトがそうした数字まで見ることができるというのはすごいことだと思います。

経営者は、売上を最大にして、経費を最小にすることを目指さなければなりません。中でも、経費削減を社員に指示する経営者は多いらっしゃると思いますが、実際に数字を開示した上で経費を削減しようという経営者はそれほど多くないのではないでしょうか。経営者は数字を見た上で話をしますが、聞いている社員が数字を見ていないのであれば、いくら一生懸命話をしたところで、なかなか理解してもらえるものではありません。

同じ数字を共有して、その数字が経費削減の活動によってどうなったのかというところまで共有しないと、理解してもらえないでしょう。数字ばかり見ているのも問題ですが、仕事に数字が紐付いていない点も大きな問題だと思います。自分の仕事によって、数字がどのように変わったか。その成果を実感することによって、仕事が楽しくなるはずです。ですから、数字はどんどん社員に開示するベきだと私は思います。開示できない理由は社長自身の側にしかないでしょう。

経費の使い方に後ろめたさを感じていれば、社員に見られたくないのは当然です。個人事業主や、従業員数人の会社であればそれでもいいのかもしれませんが、さらなる成長を遂げるためには、社長と同じ方向を向いて仕事をしてくれる社員がいなければなりません。社員が同じ方向を向いて仕事をしてくれていたとしても、実は社長が私欲にまみれていたなどということになれば、仕事への熱意は減退し、最悪な場合は退職してしまうといったこともあるでしょう。

弊社では、経費だけでなく、収入も開示しています。こちらについては、残念な経験があります。営業担当の働きによって、非常に利益率の高い仕事を獲得できたことがあります。担当するドライバーの待遇もよくすることができたのですが、その仕事で利益がしっかりと出ていると知ったドライバーが、仕事で必要な治具などを購入する際、『儲かっているんだからいいだろう』と、従来使っているモノより高価な製品を要求し始めたのです。私の不徳の致すところで、まったくの教育不足でした。

利益は『未来への投資』、『内部留保』、『社員に還元』と、3とおりに使うことが常道と考えていますが、そうしたセオリーが伝わっておらず、おそらく利益は経営者がひとり占めするとでも考えての言動だったのでしょう。信頼していたドライバーだったので、残念なあまり『ドライバーがこんな情けないことを言い出すくらいなら、こんな仕事はやめてしまおう』とつい言ってしまいました。周囲に止められて、仕事をやめることはありませんでしたが、『数字の開示においては、教育が伴う必要がある』ことを痛感した経験でした。

いずれにしても、私は社員に恥ずかしいお金の使い方をしたことはないと宣言できます。役員報酬はそれほど多いわけではありませんが、使ったお金はすベて記録しています。こちらも、いつ見てもらっても問題ありません。経営者にそれくらいの覚悟がないと、社員は付いてきません。社員には、個人の給料以外の、どんな数字を見てもらっても構わないのですが、残念なことに、『見たい』という社員はほとんどいません」(163ページ)

いわゆるオーナー会社の経営者は、事業活動の最終的な責任を負わなければならない立場にあり、「会社=オーナー」と言える面があります。とはいえ、いわゆる家族経営の会社では、実態として会社=オーナーなので、そのことが問題であるとは言えません。そして、家族経営の会社は、形式的には会社と経営者の財布は別なのですが、実態としては会社と経営者の財布は同じ(これは公私混同をしているという意味ではありません)なので、家族経営の会社の従業員が、「会社の財務データを見せて欲しい」という要望を出したとき、それは「社長の家庭の家計を見せて欲しい」という要望に近いという面があります。

しかし、野村さんは、「数字はどんどん社員に開示するベき」と言っています。その理由は、「さらなる成長を遂げるためには、社長と同じ方向を向いて仕事をしてくれる社員がいなければならない」からということです。これは、事業活動は組織的な活動であり、組織的な活動をするには目標を共有しなければならず、したがって、財務データも共有する必要があるということでしょう。

念のために言及しておくと、私は家族経営の事業に問題があるとは考えていませんが、家族経営では事業活動の規模に限界があるので、事業活動を拡大するには、組織的な活動に移らなければならないということです。黎明期の京セラでも、同社創業者の稲盛和夫さんは、経営者の立場を従業員と共有したいと考えていたことから、アメーバ経営という手法を思い付き、導入していったようです。アメーバ経営についての詳しい説明は割愛しますが、組織的な活動を行うには会社の財務データを従業員が共有することが前提です。

ただし、これも野村さんが述べておられますが、単に、従業員に財務データを共有させればよいということではなく、会計リテラシーも持ってもらうことが欠かせません。これについては、そこまで行う必要があるのかと考える方もいると思いますが、すべての従業員に会計の専門家になってもらわなければならないという意味ではなく、単に数字だけを伝えても、どう活用するかが分からなければ、数字を伝える意味がないことから、ある程度の活用のスキルを持ってもらう必要があるということです。

その一方で、「財務情報を従業員と共有したからといって、それで直ちにオーナー経営者としての責任が減るわけではない」と考える経営者の方もいると思います。これについては、私もその通りだと思います。事業規模がある程度拡大し、組織的な活動が定着するまでは、オーナー経営者は、情報は開示したまま、オーナーの責任を負い続けなければならないという状況が続くことは事実です。これについては、オーナーとしては少し得心ができない面もあると思いますが、どの会社もそのような状況を通っているので、早く事業活動を組織的なものとするしかないでしょう。

2025/6/6 No.3096