[要旨]
野村運送社長の野村孝博さんによれば、かつて、同社の小口現金の管理は、野村さん1人で行っていたそうですが、合わないときが頻繁にあったため、アルバイトをしたことがあった吉野家で現金はダブルチェックしていたことを思い出し、同社でも、小口現金の管理を部下たちに任せ、その際にダブルチェックを行わせるようにしたところ、それ以降は合わないことが起きなくなったということです。また、このような仕組みをとりいれることで、従業員の魔が差すことを防ぐことができるということです。
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今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、社長に就任したばかりのころは、社長の指示であっても、やや難しいことであれば反発されることが多かったのですが、体調不良のドライバーの代わりを何度か務めていくうちに、部下たちから同情されるようになり、意欲的に働いてくれるようになったということについて説明しました。
これみ続いて、野村さんは、ダブルチェックについて述べておられます。「吉野家だけに限りませんが、ファストフード店で客が一万円札や五千円札で代金を支払うと、それを預かったレジ担当がパックヤードに『一万円、両替お願いします』と声をかけ、バックヤードのスタッフが一万円札を両替してレジ担当に渡し、レジ担当がレジに戻っておつりを渡すという場面に遭遇した方はいらっしゃると思います。この時、レジ担当とパックヤードのスタッフの二人ともが金額を確認していると思います。さらに、レジ担当はおつりもお客様と共に確認します。
どちらもダプルチェックが徹底されているのです。そこまで確認する必要があるのかと、学生時分の私は思っていましたが、やはりダプルチエックは大切です。弊社では日常業務で大きな現金を扱うことはありませんが、営業所ごとにさまざまな消耗品を購入する必要がありますから、小口現金を用意しておかなければなりません。ご承知のとおり、会社における現金の扱いはシビアで、弊社でも、できれば触りたくないという社員もいます。
ですから、一時は私一人が小口現金の担当をしており、私がいないときにお金を出すことができないという状況もありました。これこそ属人化の極みです。しかも、恥ずかしい話なのですが、私自身がどこでどう間違えたのか、出納帳の数字と現金残高が合わなくなったことがあります。合わなくなる時は、現金が足りないケースが多く、そうした時は自費で補填して数字を合わせていました。ただし、こんなことをやっていると、社員に任せた際に合わなくなった場合、まさか自費で補填させるわけにはいきません。
一方、世間には、『合いませんでした』と申告し、足りないことにして自分の財布に入れてしまうなどという性悪説もあります。そんなことを考えてしまうと、ますます属人化が進んでしまうわけです。しかしある時、吉野家でのダプルチェックを思い出して、思い切って社員に任せることにしました。ルールとして、買い物をして領収書を持ってきた人と金庫からお金を出す人、その二人が必ず目を通すということ、つまりダプルチェックを設定しました。すると、その後は現金に差異が出ることがありませんでした。
もちろん、出納帳と現金残高を合わせる作業は1~2週間に一度必ず実施しています。それ以上頻度が少なくなると、合わなくなるケースが出てくるかもしれません。いずれにしても、差異が出ないということは、社員がダプルチェックを徹底してくれているということで、経営者としてとてもうれしい傾向でした。ダブルチェックといえば、弊社は業歴が長い会社のため、現在でも(給料の)現金支給の社員がいます。こちらは私の母と経理担当者で封筒詰めを行っていますが、やはりダブルチェックをしています。
その上、受け取るドライバーにも、受け取ったその場で中身の金額をチエックするようにと指導しているのですが、実践してくれる社員はなかなかいません。ただし、『明細と現金が違っている』という苦情は、私が記憶する限りまったくありません。誰にも間違いはあります。横領事件の報道などを聞くと、1人で経理を担当していた人が、魔が差してやってしまったなどというケースもあります。ダブルチェックは『魔が差す』という人間の悪い部分が出ないように抑える面もある、素晴らしい仕組みです」(160ページ)
ダブルチェックをしても、間違いを完全になくすことはできませんが、野村さんが述べておられるように、ダブルチェックによって、間違いを大幅になくすことができます。もちろん、ダブルチェックを行うことによって労力は増えますが、ダブルチェックをしないことによって起きる間違いをリカバリーをする労力に比べれば、ダブルチェックを行う労力は少ないと考えられるでしょう。また、不祥事を防ぐという観点から、ダブルチェックは金銭的損失以外の損失を防ぐ効果も大きいと、私は考えています。
人はどうしても誘惑に弱いという性質があるので、仕組みによって誘惑に負けてしまう機会をなくせば、「不祥事を起こした人」の発生を防ぐことができます。不祥事が起きれば、その当事者の信用や、会社の信用を下げてしまいます。この信用の低下は、金銭で補償するだけではすまないこともありますので、こういった信用低下を防ぐ効果があることを考えれば、ダブルチェックを行うことの効果は大きいといえます。したがって、まだダブルチェックを実践していないという会社の経営者の方には、ダブルチェックを導入することをお薦めします。
2025/6/5 No.3095