鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

社長は社員が同情するくらいまで働く

[要旨]

野村運送社長の野村孝博さんによれば、就任したばかりのころは、社長の指示であっても、やや難しいことであれば反発されることが多かったのですが、体調不良のドライバーの代わりを何度か務めていくうちに、部下たちから同情されるようになり、意欲的に働いてくれるようになったということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、運送会社のドライバーたちは1人で仕事をすることが多く、会社に対する不満やプライベートの悩みについて1人で考え、退職してしまうことがあるので、野村さんは自分のプライベートについて話しをすることで、相手からもプライベートな相談をしてくれるようにしてもらい、その後のつながりを保つようにして、定着率を向上させているということについて説明しました。

これに続いて、野村さんは、部下に働いてほしければ、まず、経営者がそれ以上に働くことが大切ということについて述べておられます。「私が在籍した吉野家の店舗では、オーナー1人と社員1人、私も含めたアルパイト十数人でスタートしました。オーナーが店長、社員が副店長という役回りでしたが、社長は社長の仕事もあるので、シフトに入るのはそれほど多くありませんでした。シフトを決めるのは副店長で、自らもしっかりシフトに入ってお店を回していました。

もちろん、接客も作業も、それらの段取りも上手で、いちば仕事ができる方でした。しがし、副店長以外はアルパイトですから、月によってシフトを減らしたり、当日休んだりなとということもありました。ですから、副店長のシフト表を見ると、大変な労働時間になっていました。あまりにも大変そうだったので『この日、私が代わりに入りましょうか?』と提案したこともあります。家業に戻った当初、私は『社長の息子』ということで、周囲にはチヤホヤされましたが、それは表向きでした。

何か指示を出せば、快く聞いてくれるのですが、ちょっと無理がかかる指示になると、大きく反発されました。こちらとしては『社長命令だろう!』みたいな、驕った気持ちがあったことも否めません。指示されたほうからすれば、『現場も知らないのに、偉そうなことを』といった気持ちもあったことでしょう。われわれのような労働集約型の産業は、やはり現場を知らないと話になりません。そんな状況だったので、まずはしっかりと現場を知ろうと思い、必要な資格を取り、トラックに乗って仕事を覚えました。

一時、体調不良によって停滞してしまった時期があり、時間がかかりましたが、何年かかけてある程度現場が分かるようになっていきました。もちろん、分かるだけではなくて、実際に現場のフォローもします。ドライバーも人間ですから、体調不良で出勤できないなどということもあります。そうした時に、まさかお客樣に『ドライバーが体調不良なのでトラックが出せません』と言う訳にはいきません。その場合は多少の時間の遅れは生じるものの、自らトラックに乗って代走することもあります。

個人的に会社の潮目が変わったと思える出来事があります。一日の仕事を終えて、23時頃に帰宅、風呂に入って寝ようかと思っているときに0時に出勤してくるドライバーから電話が入り、体調不良で出勤できないと伝えられました。私はそのドライバーが担当している仕事をまったく知らなかったのですが、お客様にもご協力いただき、翌日の15時ごろまでに何とか仕事をこなしました。そうしたことが2回、3回とあったので、管理職やほかのドライバーが流石に私に同情的になり、そのドライバーに注意してくれました。

社長の言うことは聞かなくても、同僚に注意されると意外とこたえるもので、その後はそうしたことがなくなりました。また、私自身がそのように現場のフォローをするので、管理職も積極的にフォローしてくれるようになったのです。人を使うのが上手な方は、このような苦労を経なくてもうまく会社を回せるのでしょうが、私のように不器用な人間は社員が同情するくらいまで働きましょう。そうずることで、社員も意欲的に働いてくれるようになります」(128ページ)

野村さんのように、部下に同情されるくらい働かないと、部下は社長についてこないということは、ほとんどの方がご理解されると思います。そして、これまで私がお会いしてきた中小企業経営者の多くは、会社の中で誰よりも働きものでした。しかし、割合としては低いですが、地位や立場を利用して、部下に面倒なことを押し付ける経営者もいました。当然、そのような会社は、従業員の方たちの士気は低く、業績は下がってしまいます。

そして、このような指摘は、コンサルタントの私自身にもあてはまります。事業改善のお手伝いをする中で、部外者である私が改善提案をしても、多くの場合、その提案は従業員の方たちにとって負担や労力が増えることであり、受け入れてもらえない、または、表面的には賛成してもらえても、心の深いところではしたがってもらえないということは珍しくありません。

だからこそ、私は、顧問先の会社のことを、従業員と同じくらい、または、それ以上に真剣に考えているということを、姿勢や行動で示さなければ、改善のための行動を、能動的に実践してもらうことができません。繰り返しになりますが、人は有機的な存在であり、理論的な正しさだけでは他者には得心してもらうことはできないので、経営者やコンサルタントは、部下の方や顧問先さまのお手本になるような行動や姿勢を示すことができなければ、能動的な改善活動を実践してもらうことができないということに注意が必要です。

2025/6/4 No.3094