[要旨]
野村運送社長の野村孝博さんによれば、運送会社は納品先とは取引がないので、荷物に問題があれば、納品先は出荷元に苦情を言うことになりますが、さらにその苦情は出荷元から運送会社に伝えられるので、納品先で起きた問題は些細なことでもドライパーからの報告が求められるそうです。そこで、「報告ありがとう」の気持ちで、問題が起きた時の報告をしやすい雰囲気をつくるとともに、細かいことでもしっかり聴くことが運送会社においては重要だということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんは、部下たちと話をしているとき、場を和ませようとして軽い冗談を交えてを話したところ、後になって、従業員たちの顰蹙を買ったと伝えられたことがあったことから、社長の言葉はとても重いということを認識し、器用に話をすることができないのであれば、社長は慎重に言葉を選ぶ必要があり、社長が言いたいことを話してばかりいると、部下たちの士気を下げてしまうと考えているということについて説明しました。
これに続いて、野村さんは、部下からの悪い報告に感謝することが大切ということについて述べておられます。「接客の仕事がある程度できるようになった頃、レシート用紙を補充する仕事を教えてもらいました。レジを設置してある台の下に備えられているレシートを発行する機器のフタを開けて用紙を補充し、フタを閉めるという作業ですが、実際に私がやってみた際、このフタがうまく閉まりませんでした。
会計のお客様もいらしていたので、フタを強く押して閉めてしまい、それでもレシートが出るようになったのですが、違和感があったので引継時に社員に報告しました。社員に見てもらうと、その機器はフタを開けて、補充作業がやりやすいょうに空いた状態でフタが固定されるような仕組みでした。フタの蝶番がロックされている状態で私が閉めてしまったので、蝶番の一部が曲がっていました。開店したばかりの時期に新品の機器を壊してしまい、『コレは怒られるなあ』と恐々としていましたが、社員の第一声は報告ありがとうでした。
もちろん、それから作業について指導を受けましたが、『報告してくれた際に反射的に怒ると、報告してくれなくなってしまう』とも教えてもらいました。『報・連・相』は言い古された言葉ですが、コレが完璧にできている会社はまれです。ドライバーは基本的に1人でトラックに乗ることが仕事です。上司がずっと管理できるわけではありません。ですから、ドライバーからの報告が頼りになります。かつては、納品先で接触事故を起こしたり、商品を破損したりしても報告がなく、お客様から苦情をいただいて初めて事態を知るという恥ずかしい状況もありました。
また、運送会社としては『あるある』な事象ですが、運んだ商品に不具合があった場合、納品先の方に『コレくらいなら大丈夫』と言われたので、そのまま納品完了としてしまい、後日、お客様経由で破損があった旨を指摘されることがあります。その場の判断で、担当者には容認していただいても、上席の方が間題視してしまうのでしょう。運送会社は出荷元の会社から料金を収受しているケースがほとんどで、納品先との取引はありません。
納品先は出荷元に苦情を言うことになりますが、出荷元の担当者はこの件をまったく把握していない状態で苦情を受けることになるので、お客様からの評価も厳しいものになります。もちろん、その苦情は出荷元からわれわれ運送会社に伝えられます。われわれとすれば、『納品先で了解を得ている』のですが、それが通用すれば苦労はありません。ですから、納品先で起きた問題は些細なことでもドライパーからの報告が求められます。
こうした報告は本当にありがたいもので、報告のお陰で大きな問題に発展せずに済んだ例が多々あります。ドライバーとしては、自分のちょっとしたミスをわざわぎ報告したくないでしょうし、叱られるともなればなおきらでしまう。また、一方で上司が『細かいことだ』とないがしろにしていると、ドライバーの報告もなおざりになってしまいます。ですから、『報告ありがとう』の気持ちで、報告しやすい雰囲気をつくるとともに、細かいことでもしっかり聴くことが重要です」(113ページ)
野村さんがご指摘しておられるように、悪い報告ほどありがたいということは、多くの経営者の方がご理解されると思います。その一方で、悪い報告が上層部に行き届かず、会社を揺るがすような大きな問題となる事例も後を絶ちません。最近の事例では、大手テレビ局の法令遵守に関する問題がその典型例ですし、その前は、損害保険会社の不祥事についても同様と言えるでしょう。
確かに、起きてしまった問題行為も問題なのですが、それが報告されなかったことで起きる問題の方がもっと大きいわけですから、冷静に考えれば、問題が起きたときに、その問題を起こした部下に対して叱るのではなく、報告したことのお礼を言ってもお釣りがくると考える方が適切なのかもしれません。それでも悪い報告が行われないということが起きるのは、経営者や幹部社員の感情の問題ということだと思います。
そういう私も、仮に、部下から「きょう私が応対したお客さまからクレームがありました」と伝えられたとき、一瞬、「どうしてそんな接客をしたのだ」と感じてしまいます。その気持ちを口に出さなくても、顔の表情で部下にはそれが伝わってしまうかもしれません。ですから、経営者や幹部従業員は、知識や経験だけでなく、悪い報告が届いても感情をコントロールできる強い精神力がないと務めることができないと言えるでしょう。ただ、精神力についてだけ述べてもあまり参考にはならないと思いますので、実務的な事例について紹介したいと覆います。
現在はメルカリの執行役員をお務めの迫俊亮(さこしゅんすけ)さんは、かつて、靴の修理や合鍵の作製などを営むミスターミニット(ミニット・アジア・パシフィック)の社長を務めていたときのことについて、ご著書、「やる気を引き出し、人を動かすリーダーの現場力」の中で、次のように述べておられます。「ミスターミニットには、まだ『潰すべき仕組み』があった。『人件費』に次ぐ現場のやる気を削ぐKPI、『クレーム(数・金額)』だ。お客様からのクレームを報告すると、怒られ、評価が下がり、(上司の)虫の居所が悪ければ降格させられる。
これは、野球選手が、どんなにファインプレーを連発して活躍しても、一度でも、エラーを出したら、二軍に落とすと言われているようなもの。そんな環境だと、次第に全力を出せば届くかもしれないボールも、エラーになることを恐れて、追いかけなくなってしまう。(中略)『BtoCビジネスだから、お客様第一、クレームを起こさないことが大切だ』という、一見、正しそうな論理から生まれたKPIによって、現場は疲弊していた。(中略)100%できる仕事だけ選んでいたら、クレームは限りなくゼロに近くなる。
けれど、困っているお客様のリクエストに応えたいという職人魂ゆえに、難易度の高い仕事を引き受け、結果的にクレームや弁償につながってしまうこともあるはず。(中略)そこで、僕は、KPIからクレーム項目を排除した上で、『失敗しても減給も降格もしない』ことを評価制度として約束した。また(中略)、『失敗してもあなた個人の責任ではありませんよ』というメッセージである、フォロー体制(クレーム処理は、5万円まで現場で決裁できる権限の付与)を整えた」(118ページ)
このように、業績評価項目からクレーム項目をはずしたり、クレーム処理のために5万円までの支出ができる権限を現場に付与したりすることで、経営者の意思が明確に伝わります。このようにクレームがあっても従業員の評価が下がらないということが明確になれば、悪い報告が上司や経営者に伝わらないということはなくなるでしょう。このような事例からもわかる通り、もし、会社の中で悪い情報が報告されないことがあるとすれば、それは経営者の責任にほかならないと言うことでしょう。
2025/6/2 No.3092