鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

マニュアルは口ールプレイの補完が前提

[要旨]

野村運送社長の野村孝博さんは、吉野家のアルバイト時代に、マニュアルで仕事を習得した経験から、野村運送でもマニュアルを作成していったそうです。ただ、最初から完全なマニュアルを作成することはできませんでしたが、何もないまま自分の経験則を口頭で伝えようとしても漏れが出てしまうので、マこュアルがあることによってそうした不備を防ぐことができるということがわかり、マニュアルは口ールプレイとOJTで補完することを前提に作成するベきと考えているそうです。そして、教わる側は口ールプレイやOJTを受けた後に再度マニュアルを読めば、さらに理解が深まるということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、同社は、かつて、個々のドライバーの仕事が属人化しており、人数は足りていても、1人の欠員が埋められないなどという状況が多くあったため、スキルマップを作成して多岐にわたる業務を整理するなどの分析を行い、その後、組織を再編し、管理職が代走できる体制をつくったり、各ドライバーが2~3種類の仕事をこなせるように教育したりしたということについて説明しました。

これに続いて、野村さんは、マニュアルとロールプレイとOJTについて述べておられます。「最近では、マニュアル作成に活用できる便利なツールがたくさんあり、スマートフォンで写真や動画も簡単に撮影できるようになりましたが、私が吉野家にいた頃のマ二ュアルは、文章と写真・イラストが中心でした。『百聞は一見にしかず』というとおり、理解してもらう場合、いくら言葉で説明しても、一目見てもらうことには敵いません。マニュアルは、見て理解できる部分があることが大変重要だと思います。

また、マ二ュアルを読んでいきなり実践できる人というのはまれです。私自身もそうでしたが、口ールプレイとOJTで少しずつ仕事を覚えていきました。やってみて内容を覚えきれていなければ、再度マ二ュアルに立ち返るなどしましたが、そういう点では、復習の意味でマニュアルを使うことのほうが多かったと思います。もちろん、マ二ュアルの中で理解できないことがあれば社員に質問しました。

私は、吉野家での経験があったので、現在の会社に入社した当初に『この会社にはマ二ュアルが必要だ』と強く思ったのですが、作成はままなりませんでした。それでも『とにかく作ろう』と取り組んだマニュアルでしたが、出来上がったのは若い私が拙い文章て作成したもの。そして、ドライパーは文字を読むよりも身体を動かすことが好きな気質の人も多いですから、なかなか相容れること、つまり読んでもらえることは、まずありませんでした。当時、弊社ではISO9001の認証取得をしていました。

ISO9001は、顧客に提供する製品・サービスの品質を継続的に向上させていくことを目的とした品質マネジメントシステムの規格です。この規格の要求事項に『教育訓練記録の作成・保管』という項目があり、作成したマ二ュアルを使って教育訓練を行い、記録を作成するとにうところまでやってみました。読んでもらえないマニュアルでしたが、私が読みながら、説明して実際にOJTを実施してみると、マニュアルの不備がたくさん見つかりました。

それにOJTといっても、現場の作業はドライバーのほうが知識も経験も豊富ですから、私のほうが勉強になることが多かったのです。吉野家のようにしっかりとした内容のマニュアルならまだしも、素人が見様見真似で書いたマニュアルですから、作業の手順が何となく書いてあって、きちんと理解してもらえるものにはなっていませんでした。

完璧なマニュアルを作れればいいのですが、完璧を求めれば求めるほど、内容が事細かくなり、読む側の気持ちは遠ざかってしまうでしょう。マニュアルは口ールプレイとOJTで補完することを前提に作成するベきです。教える側は、何もないまま自分の経験則を口頭で伝えようとしても漏れが出てしまいますが、マこュアルがあることによってそうした不備を防げます。教わる側は口ールプレイやOJTを受けた後に再度マニュアルを読めば、さらに理解が深まります」(84ページ)

マニュアルには賛否両論ありますが、私は、経営習熟度を高める途上にある会社では、マニュアルは活用すべきだと考えています。また、野村さんも述べておられるように、ISO9001では、組織の目標達成や品質管理を効率的に行うために、組織の活動やプロセスを文書化することで明確にすることが求められています。この明確化、文書化は労力がかかるため避けられがちですが、ISO9001がそれを求めている理由は、これは私の想像ですが、プロセスを明確化することは組織の経験やノウハウが暗黙知から形式知に変わることであり、そのことによって組織としての習熟度が高まっていくのだと思います。

その一方で、「マニュアル主義」といったマニュアルをネガティブにとらえる言葉があるように、マニュアルの暗い側面があることも事実だと思います。だからといって、私は、マニュアルをすべて否定すべきではないと思います。そこで、野村さんも、「マニュアルは口ールプレイとOJTで補完することを前提に作成するベき」と述べておられるのでしょう。よく、「目的と手段の取り違え」と言われることがありますが、マニュアルは守ることが目的ではなく、経営習熟度を貯めるための手段という位置づけを、経営者の方は忘れてはなりません。

また、ISO9001についても賛否両論ありますが、私は、ISO9001は、中小企業にとって経営習熟度を高める効果的なツールであると考えています。確かに、経営習熟度を高める方法は、ISO9001の認証を受ける方法だけではありませんが、ISO9001は長年にわたって多くの専門家が関わって確立した規格ですので、完成度は高いと私は考えています。

そして、ISO9001を導入しようとするとき、労力がかかると感じる経営者の方が多いと思いますが、それはISO9001の認証に労力がかかるのではなく、経営習熟度を高めるために労力がかかっていると捉えるべきでしょう。少し話がずれましたが、自社の仕事の仕方をマニュアルとして明文化することは、自社の経営品質を高めるためには効果が大きいことに間違いはありません。当初は労力が大きいと感じるかもしれませんが、マニュアルがない会社はマニュアルの整備を始めることを、私は強くお薦めします。

2025/5/27 No.3086