[要旨]
野村運送社長の野村孝博さんによれば、同社ではドライバーの多くは長期雇用が前提の社員であり、会社を成長させていく上でドライバーの増員は不可欠のため、社員教育は会社を成長ざせるための最重要頂目であることから、このような社員教育の機会が緊急性の高いトラプル対処などに飲み込まれてしまうかどうかは、経営者あるいはリーダーの気持ち次第と考えているということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、かつて、吉野家では、BSEによって米国から牛肉を輸入できなくなり、牛丼の販売ができなくなったことがありましたが、野村さんご自身も、自社の事業を安定的に発展させるためにも、取引先が偏らないよう、常に、新しい取引先を増やすための努力を行っているということについて説明しました。
これに続いて、野村さんは、社員教育は会社を成長させるための最重要項目ということについて述べておられます。「吉野家では、アルパイトが勤務を担当する時間帯の責任者になれるように、しっかりとした教育の仕組みがありました。マ二ュアルによって作業が標準化されており、その作業が日々の時間帯にすベて盛り込まれているのです。ですから、特別な研修などをしなくても、OJTで仕事を教わるだけで、お店の運営ができるようになります。
私は新規開店のスタッフとして入店したので、接客のロールプレイからスタートしましたが、通常、新人はパックヤードで洗い物の手伝いをしながら、空いている時間帯に接客のOJTからスタートします。通常のシフトに加えて新人1人という形で、合間に接客を教えられるのですが、そうしたシフトを数回行い、ある程度基本的なことを教えたら戦力とレてシフトに入ります。お店がオープンしてからの新人はじっくりロールプレイしていたたいた自分の時よりも大変そうでしたが、何よりも同じ時間帯にシフトに入った人の負担が大きくなります。
パックヤードでの作業も、付きっきりで教えてもらえる時間はごくわずかです。お客様の少ない時間帯に作業の合間を縫うようにして教えていただきました。こちらも先述した接客と同じで、同じ時間帯にシフトに入った人の負担が大きくなります。接客もパックヤードも、教える側、つまり仕事ができる人に負担がかかってしまいます。店舗で最優先されるのは接客です。接客は重要性も緊急性も高いので、お客様が来店されたら、作業を中断して接客するのはどこの飲食店でも同じでしょう。
しかし、接客つまり緊急性も重要性も高い仕事にばかり重心を置いていると、社員教育のように緊急性が低くても大切な仕事はできなくなります。吉野家のように多店舗展開をする場合、きちんと店舗を運営する人材は必須です。アルバイトを中心にお店を運営するのであれば、そもそも長期雇用が前提ではありませんから、アルバイトの教育を疎かにしていては、いずれ立ち行かなくなってしまうでしょう。
弊社で現在雇用しているドライバーの多くは長期雇用が前提の社員です。しかし、会社を成長させていく上でドライバーの増員は不可欠ですから、社員教育は疎かにできません。若いドライパーの中には、現状で2トン車に乗務していても『いつかは大型車に乗りたい』という希望を持っている人もいます。こうしたドライバーの希望を叶えるためにも、2トン車の後任を育て、大きな仕事を取ってくる必要があります。
経営者や管理職の年代になってくると、2、3年があっという間に過ぎてしまいますが、20代の若いドライバーからすると、同じ仕事を2、3年担当していると、『まだ大型に乗せてもらえないのか』という不満がくすぶってきます。『少し我慢しろ』と言って聞かせたとしても、40~50代の『少し』と20代の『少し』には大きな隔たりがあります。ですから、その隔たりをしっかりと汲み取って、対応してあげなけれぽなりません。一方で、大型車に乗務するということは、事故を起こせば、小さなトラックよりも被害が甚大になります。
つまり、それだけ社会的に大ぎな責任を背負うということを自覚してもらわなければなりません。技量が追い付かないのに、大型を運転させてしまうのは大問題です。そのあたりも含めて、きちんと教育することが必須です。(中略)そうした教育の機会が、緊急性の高いトラプル対処などに飲み込まれてしまうかどうかは、経営者あるいはリーダーの気持ち次第です。社員教育は会社を成長ざせるための最重要頂目と言っても過言ではありませんから、しっかりと教育する機会を確保しましょう」(78ページ)
人材は、会社の経営資源である、ひと・もの・かねのうちのひとつであり、ほとんどの会社経営者の方は、従業員の育成は大切だと考えておられます。ところが、実際に、従業員教育に注力しているかというと、それを十分に行っている会社の割合は、従業員の育成を大切と考えている経営者の割合よりも低くなっていると、私は感じています。そのひとつは、野村さんがのように、緊急性が低くても重要度が最も高いと考える経営者が少ないからだと思います。
というのも、従業員の育成は重要と認識しつつも、緊急性が低いので、どうしても緊急性の高い仕事が優先され、従業員の育成は後回しになってしまい、そのまま、ずっと後回しになってしまうのではないかと思いますし、私も、実際に、そのような例を見てきました。これについては、最終的には、経営者の方が、野村さんのように、緊急性が低くても最も重要だと認識し、その考えを貫くことができるかどうかに尽きるのではないかと思います。ちなみに、従業員育成が先延ばしにならないようにするための工夫として、私は、人材育成計画を立てることをお薦めします。
もちろん、計画を立てただけでは従業員育成が後回しを防ぐことはできませんので、計画に遅れがないか、中途で進捗状況を管理する必要はありますが、計画があるときとないときでは、計画がある方が従業員育成が遅れることが少なくなるでしょう。そして、従業員の育成が行われないもうひとつの理由として考えられることは、従業員を教育した成果は直ちに現れないということと、経営者や幹部従業員の人材育成スキルがあまり高くないということが考えられます。
これについては、人材育成は時間をかけて行うものであると認識すること、そして、経営者や幹部従業員は、その役割に人材育成が大きな比重を占めているということを認識するしかありません。かつては、どういった商品(製品)を販売するかということが、競争にかつための重要な鍵でしたが、現在は、品質の高い商品(製品)が低価格で販売されることが当然という時代になっています。
そこで、競争に勝つためには、難易度の高い競争戦略を実践できるかが鍵になっています。そのためには、難易度の高い経営戦略を遂行できる人材が必要になるわけですから、前述したように、経営者には従業員を育成する役割がますます求められています。だからこそ、野村さんのように、緊急性が低くても、社員教育は最重要と考えることは、これからの時代、競争に勝つために欠かすことができないと、私は考えています。
2025/5/25 No.3084