[要旨]
野村運送社長の野村孝博さんによれば、かつて、吉野家では、BSEによって米国から牛肉を輸入できなくなり、牛丼の販売ができなくなったことがありましたが、これと同様に、中小企業の中にも、取引先が1社から少数しかなく、自社がその会社と一蓮托生の状態になっている会社が多いと考えているそうです。そこで、野村さんご自身も、自社の事業を安定的に発展させるためにも、取引先が偏らないよう、常に、新しい取引先を増やすための努力を行っているということです。
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今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんが、かつて、7トン車の配車を担当していたとき、7トン車は6台ありましたが、サイズが同じなのは2台だけだったため、荷台が短くて荷物が積みきれないトラックを配車したり、車長が長くて納品場所に入れないトラックを配車したりすることがないように気を遣わなければならなかったため、野村さんは、トラックの入れ替えの際、一般的なサイズの荷台に統一していき、6~7年程度で全車の入れ替えが終った結果、サイズの統一によって配車業務をシンプルにすることができるようになったということについて説明しました。
これに続いて、野村さんは、取引先は1社だけに頼らないということについて述べておられます。「商品構成がシンプルな吉野家ですが、一方でそれはリスクの裏返しでもあります。私が在籍していた時期に、イギリスでの『BSE』について報道がなされ、吉野家では『当店の牛肉はアメリカから輸入しています』と説明していたと記憶しています。この時、社員の方に、吉野家はアメリ力産の牛肉にこだわっているということも教えていただきました。
しかし、2003年12月にアメリカでBSE問題が発覚し、アメリ力産の牛肉が輸入禁止になりました。アメリカから牛肉を輸入していた吉野家にとっては大打撃です。安倍修二・伊藤元重著『吉野家で経済入門』によれば、当時、吉野家は2~3力月分の在庫を安全ストックとして考えていたそうです。それさえもなくなってしまうのですから、恐ろしい話です。当時、私はすでに吉野家には在籍しておりませんでしたが、その苦境は想像に難くありませんでした。お世話になった気持ちが強かったので、応援と称して、牛井の代替メ二ュー、特に豚丼を食ベに行ったものです。
そうした苦境の中にあって、『吉野家で経済入門』によれば、BSEに限定した話ではないものの、吉野家では原料の調達がアメリ力産の牛肉に偏っているという危機感は持っており、プラジル産やオーストラリア産などに代替した場合に、どこまで耐えられるか、どういう水準になるかを実験していたとありました。結局、吉野家ではアメリ力産以外の牛肉では牛井のクオリティが落ちると判断し、当時グループ会社だった『京樽』や『カレーショップPOT&POT』のメ二ューを導入するなどしつつ、さらなる改廃を繰り返し、2年半にも及んだ『牛肉がない』という状況を乗り切ったのです。
中小企業では受注を一社の取引先に依存しているケースが多くあります。メインとなるお客様の要求を最優先にするため、新規の業務に手が回らないといった話も聞いたことがあります。そうなると、自分の会社は顧客となる一社と一蓮托生、その顧客が傾いた時には同じように傾くことになってしまいます。弊社は長年お世話になったお客様が数多くあり、最大規模のお客様でも、売り上げ全体の10%と依存度を低く保っています。
これは私がどうこうしたという訳ではありませんが、60年以上の業歴の中で、ご依頼いただいた仕事に対して、どのような仕事でも誠実に取り組んだ結果だと思います。初めてお電話をいただき、お仕事のご依頼をいただくのは大変ありがたい一方で、まったく情報のない新規の取引先の場合は、仕事の内容は適正なものなのか、きちんと支払つていただけるのか、いろいろと心配な点があります。既存の顧客の依頼が詰まっていれば、おざなりにしてしまうこともできるでしょう。しかし、会社を成長させるためには新しい依頼にどんどんチャレンジしていく姿勢が必要です。
とはいえ、仕事の内容が適正ではなく、ドライバーに辛い思いをさせてしまったこともありました。支払いが滞るようなことも経験しました。ただし、そうしたことを恐れて、やらない言い訳にしていると、会社は衰退の一途をたどるでしるでしょう。また、経営者が会社を成長させようという気持ちは、『売上を伸ばそう』という気持ちとイコールになることがあります。ですから、まとまった売上が期待できるお客様にはちんと対応しても、先述したような取引頻度の少ないお客様を後回しにしてしまう傾向があります。
しかし、まとまった売上というのは、一つひとつの仕事の積み重ねから成り立つものであり、積み重ねなしにまとまった売上などは得られないのです。積み重ねを続けてきた弊社は、気が付けばひと月に一度とか年に数回くらいの頻度のお客様の数が3桁にも及び、そうしたお客様の売上の合計が、最大規模のお客樣の売上と肩を並べることもあります。顧客の業種も多岐にわたり、コロナで一部の業種の受注が激減した時も、ほかの仕事でカバーし、最終的には赤字に陥ることなく切り抜けることができました」(69ページ)
吉野家の事例では、同社は米国産の牛肉で牛丼の高いクオリティを維持していたわけですが、BSEによって、逆に、それが弱点になってしまいました。しかも、その偏りに関して危機感を持っていたわけですから、BSEなどの突発的な事象によって米国から牛肉が輸入できなくなれば、同社では主力製品を提供できなくなるということは、前もって認識していたわけです。そして、私は、吉野家でさえ完全なリスク対策をとることができないわけですから、日本の多くの中小企業では完全なリスク対策はできないと考えています。
だからといって、リスク対策はしなくてもよいのかというと、リスクは完全に防ぐことはできないけれど、いつ、どんなことが起きるかわからないという前提で、日頃から可能な限り備えておくことが望ましいと考えています。これについてはあまり詳しくは書きませんが、BCP(事業継続計画)を作成しておいたり、業績が順調なときから銀行から融資を多めに受けておいたりということをしておくことで、完全に不測事象の影響を逃れることはできなくても、備えをしておかなかった会社との影響の度合いには大きな差が出ることは間違いないでしょう。
ここで別の観点から取引先や商品の数について述べたいのですが、取引数や商品数を多くしたり、逆に、取引先数や商品数を少なくしたりしても、どちらにもメリットとデメリットがあり、リスクをなくすことはできないと私は考えています。例えば、販売先ではなく仕入先の事例ですが、2022年2月26日に、トヨタにサイドモールやコンソールボックスといった自動車の内外装の樹脂部品を収めている小島プレス工業が、サイバー攻撃を受けて社内サーバーがダウンしました。
その結果、トヨタは3月1日にの国内に14か所あるすべての工場の稼働を停止することになりました。ちなみに、小島プレス工業は、ダイハツ工業や日野自動車にも部品を収めており、両者の一部の工場も稼働を停止したそうです。私は、トヨタに直接確認したわけではないですが、もし、トヨタがリスク回避をしようとするのであれば、小島プレス工業以外の会社にも同じ部品を製造させることよって、1社が製造を停止しても、トヨタは生産を継続できるようにするという対策をとるのではないかと思います。
でも、トヨタは、部品を収めている会社のうち、いずれかが生産を停止した場合、自社も生産が停まってしまうというリスクをあえて選択しているのだと思います。これは、1つの部品は1つの会社に発注することのメリットが、突発的な事象によって自社の稼働が停止するデメリットよりも大きいという判断をしているからだと考えています。ですから、リスクは完全に避けられないので、リスクは抑えるよう努力しつつ、かつ、リスクが顕在化したときに、それを最小化できるような備えをしておくことに注力することが最善であると、私は考えています。
もうひとつ、さらに別の観点から付け加えたいことは、取引先や商品は、パレートの法則で絞り込むことも効果があると、私は考えています。先ほど、絞り込みは必ずしも得策ではないと述べましたが、取扱高、利益額などで絞り込みを行うことは、経営資源が比較的少ない中小企業においては、ある程度の効果はあると思います。むしろ、顧客の言いなりになって、あまり利益に貢献していない取引をしたり、商品の販売をしたりしている場合もあるので、現在、あまり業績がよくない会社は、パレートの法則によって絞り込みを行うことは、採算確保とリスク管理の面から効果が得られると、私は考えています。
2025/5/24 No.3083