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野村運送社長の野村孝博さんが、同社に入社したころは、棚卸時に在庫差異が出てしまうケースがしばしばあったそうですが、その在庫差異については、顧客と打ち合わせで設定した許容範囲を大幅に逸脱していたそうです。そこで、月に一度、実施していた棚卸を、吉野家に倣って、毎日実施することにしたところ、容易に在庫差異の要因がつかめるようになり、ミスを防ぐためにマニュアル化することで、顧客からの信頼や品質の向上につながったということです。
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今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんは、中堅の運送会社でドライバーとして働いていた頃、ドライバーの仕事が少ない時に、営業活動を指示された際に、訪問時のあいさつを定型文として暗記して、訪問先に円滑に接触できるようになったそうですが、商談がうまくいかないことがあっても、訪問を回数をこなしていくことで、営業活動の質を高めることができたということについて説明しました。
これに続いて、野村さんは、日次決算を応用して在庫管理の品質改善を行ったことについて述べておられます。「吉野家では1日の売上を締める作業を毎日行います。その作業もしっかりとマ二ュアル化されており、アルパイトでも処理できるようになっています。この作業のすごいところは、売上以外の項目も算出する点です。詳しくは申し上げられませんが、つまり『日次決算』を行っているのです。その精度はとても高いものになっていました。
日次決算を行うには、その日に使用した材料の量が分からなければなりません。そのために必要なのが棚卸です。以前アルパイトをしたファミリーレストランでは、月に一度棚卸を実施していましたが、社員が『今日は棚卸だあ』と大変そうにしていたのを覚えています。ぼんやりと、『月に1回行う大変な作業』という印象でしたが、吉野家で『精算』を教えてもらい、しばらくしてから『これって、棚卸だ』と気が付きました。
さらにそれから10年を経て『これって、日次決算だったんだ』と気付かされるのですから、すごい仕組みだと思います。それにしても、毎日棚卸ができるのは、(1)販売している商品が特化されているため、商品のアイテム数が少ないこと、(2)極力、在庫を絞っていることが大きな要因です。ですからフアミリーレストランのように取り扱う商品数が多いところでは、毎日行うわけにはいきません。
月に一度実施するにしても、時間がかかる作業であることは間違いないでしよう。一方、弊社は運送会社ですから、商品をトラックに積んで運ぶのはもちろん、商品を倉庫で預かり、注文が入ったら出荷、配送を代行するというサービスも行います。このとき在庫管理も代行します。私が入社した際これらの業務を前任者から引き継ぎましたが、棚卸時に在庫差異が出てしまうケースがままありました。
在庫差異とは、実際に在庫している商品と帳簿上の在庫の差をいいます。在庫差異が出る原因はさまざまあり、取り扱う商品の種類や数量によってお客樣と打ち合わせの上、在庫差異の許容範囲が設定されます。残念ながら、かつて弊社のサービスはその許容範囲を大幅に逸脱していました。月に一度、棚卸をして、小さくない差異が見つかるのですが、差異が出た商品について振り返ってみても原因は分かりませんでした。
そんな折、『吉野家の精算』を思い出し、とにかく毎日棚卸をしてみることにしました。私自身も『棚卸=時間がかかる作業』という印象が拭えず、月に一度しかやっていませんでしたが、すベての出荷が終わった後、遅い時間でもとにかく毎日やってみました。在庫が合わないところが見つかれば、出荷作業の担当者に連絡して、すぐさま確認しました。当日のことですから作業担当者も記憶が鮮明で、原因を究明することができました。棚卸を毎日行うことは物理的に不可能な場合が多いかもしれません。
しかし、短期間でも毎日やることで在庫差異が発生する要因がつかめるようになり、その要因をしっかり作業者に伝え、ミスなどを防ぐためにマニュアル化することがお客樣からの信頼や品質の向上につながるのです。これは、われわれ運送業界に限ったことではありません。『建設現場の作業工程が予定どおりに進まない』、『小売店の1か月の売上が目標に届かなかった』などの場合も、毎日つぶさに現場を見ていれば必ず原因が分かります」(51ページ)
実地棚卸の実施方法は一律ではなく、業種によって適切な方法があります。ただ、野村さんがご指摘しておられるように、可能な限り多い頻度で実施することが大切です。もちろん、過剰に実地棚卸を行えば、現場の負担が増えてしまうので、どの程度の間隔で行うかの見極めが重要です。ところで、中小企業の多くは、月次での業績管理を行っていません。そのような会社は、そもそも、翌月10、遅くても15日までに、前月の業績を把握すること自体が負担と感じている、または、その必要性がないと考えているようです。
確かに、迅速に月次での業績を確認する活動は負担がかかります。とはいえ、野村さんも、「短期間でも毎日やることで在庫差異が発生する要因がつかめるようになり、その要因をしっかり作業者に伝え、ミスなどを防ぐためにマニュアル化することがお客樣からの信頼や品質の向上につながる」とご指摘しておられるように、自社の業績を向上させることにつながります。むしろ、月次の業績を確認しないことの方が、事業活動が成行で行われることになり、業績を下げることになります。
業績を高める活動は、事業現場で製品や顧客と向き合う活動に限られていると考えられがちですが、管理活動も業績を高めることになるということを忘れてはなりません。もちろん、管理活動だけに注力していればよいということでもありませんので、業績を最大化するには、両者のバランスをどれくらいにするべきか、それを見極めることが経営者の重要な役割だと、私は考えています。
2025/5/19 No.3078